プレゼント 書評こぼれ話

  11月30日に
  漫画家の水木しげるさんが亡くなりました。
  享年93歳。
  妖怪漫画家の大往生です。
  水木しげるさんといえば
  「ゲゲゲの鬼太郎」。
  20150831_130659_convert_20151203215725.jpg
  左の写真は
  今年の8月の終わりに
  浦和のコルソというお店に出展していた
  鬼太郎ショップにあった人形です。
  その時に撮った一枚。
  水木しげるさんの妖怪には
  鬼太郎をはじめてとして
  思わずカメラにおさめたくなる
  そんな魅力があります。
  ねずみ男なんて大好きなキャラクターですね。
  水木しげるさんは晩年大変売れた漫画家でした。
  でも、水木しげる漫画の面白さは
  鬼太郎が「墓場の鬼太郎」だった
  おどろおどろしい頃だったかもしれません。
  水木しげるさんの情念のようなものが
  よく出ていました。
  今日は水木しげるさんが
  日本経済新聞に連載した「私の履歴書」を収めた
  『水木サンの幸福論』を紹介します。
  この幸福論の中で
  水木しげるさんはこう記しています。

    好きの力を信じる。

  妖怪が大好きだった水木しげるさん。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  追悼・水木しげるさん - では、またあの世で                   

 2015年11月30日、漫画家の水木しげるさんが亡くなりました。93歳でした。
 水木さんといえば「ゲゲゲの鬼太郎」や「悪魔くん」といった妖怪漫画で人気を博し、2010年には文化功労者にも選ばれています。しかし、水木さんの人生は決して平坦ではなかったことは周知のことです。過酷な戦争体験、紙芝居画家、貸本屋漫画家時代を経てメジャーの漫画週刊誌に採用されたのは40歳を過ぎていました。
 水木さんとよく比べられるのが漫画の神様手塚治虫さんです。
 若い頃から活躍していた手塚さん。しかし、手塚さんは60歳という若さで人生を閉じることになります。一方水木さんは93歳という年齢まで生き、その晩年は栄光に包まれています。
 どちらの人生がよかったのか、それは誰にもわからないでしょう。二つの巨星だったことは間違いありません。
 2003年8月に日本経済新聞に連載された「私の履歴書」を中心に編まれたこの本の冒頭に「水木サンの幸福論」という文章が載っています。その中で、水木さんはこう書いています。
 「水木サンが幸福だと言われるのは、長生きして、勲章をもらって、エラクなったからなのか? 違います。好きな道で六十年以上も奮闘して、ついに食いきったからです」。
 この「食いきった」という文章がいかにも水木さんらしい。

 「私の履歴書」には戦争で片腕を失う話も出てきます。のちに「ゲゲゲの女房」となる奥様との慌ただしい結婚話も、結婚後の貧しい生活も描かれています。
 手塚治虫さんへの思いも綴られています。「お互いを敬して遠ざける気配があった」と正直に書かれています。そして、「一番であり続けた手塚さんは大変だったろう」と、手塚さんの若すぎる死に衝撃を受けてことも記されています。

 水木さんが亡くなって改めて水木しげるという漫画家の人生をたどりたいという読者は多いと思います。この本は水木さんの半生だけでなく、仲のいい武良家(水木さんの本名)三兄弟の対談や水木さんの主たる活躍の舞台であった漫画誌「ガロ」に1966年掲載された「鬼太郎の誕生」という漫画も収められていて、水木しげるさんを知るには欠かせない一冊になっています。
 そういえば、「私の履歴書」の最後に、水木さんはこう書いています。
 「ではまた。あの世で。」
  
(2015/12/05 投稿)

  芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
Secret

TrackBackURL
→http://hontasu.blog49.fc2.com/tb.php/2670-52750dd3