プレゼント 書評こぼれ話

  年の瀬が迫る中、
  また一人昭和の人がいなくなりました。
  直木賞作家の野坂昭如さん。
  野坂昭如さんは作家だけでなく
  様々な分野で活躍されました。
  私は歌手野坂昭如さんも好きでした。
  野坂昭如さんが歌う
  「黒の舟唄」は大好きでした。
  小説となると
  あの独特の語り口は正直苦手でした。
  今回訃報のあと
  『火垂るの墓・アメリカひじき』を
  読み返しましたが、
  若い時に読んだほどには違和感を
  感じませんでした。
  野坂昭如さんが亡くなってあと
  多くのニュースがその功績を
  報じていましたが
  12月11日の日本経済新聞朝刊に掲載された
  瀬戸内寂聴さんの追悼文
  「野坂昭如さんを悼む - 沈黙の奥のやさしさに」は
  正直胸打たれました。
  今日の書評タイトルの
  「蛍のお墓つくってんねん」は『火垂るの墓』に出てくる
  節子のせりふです。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  追悼・野坂昭如さん - 蛍のお墓つくってんねん                   

 作家野坂昭如さんが、12月9日、85歳で亡くなった。
 『火垂るの墓』といえばジブリアニメだと知っている人は大勢いるだろうが、原作は野坂さんだと知らない人も多いかもしれない。
 野坂さんはこの作品と『アメリカひじき』という2つの短編で第58回直木賞を昭和42年に受賞している。この時の選考委員の評価はおしなべていい。
 中でも海音寺潮五郎氏と松本清張氏の評価は、「大坂ことばの長所を利用しての冗舌は、縦横無尽のようでいながら、無駄なおしゃべりは少しもない」(海音寺氏)「野坂氏独特の粘こい、しかも無駄のない饒舌体の文章は現在を捉えるときに最も特徴を発揮するように思う」(松本氏)と、極めて高い。
 特に松本氏が評価したように、その後の野坂さんの活躍は現在を射止めるようなものであったと思う。

 昭和40年代当時、五木寛之氏と並んで野坂さんは若者たちのカリスマ的な存在だったといえる。
 少し舌足らずでそれでいて饒舌。乱暴で猥雑だったのは、ある種の照れもあったのかもしれない。
 それは『アメリカひじき』の、アメリカからのゲストを迎える「焼跡闇市派」世代の主人公敏夫の必死の接待によく似ている。戦争で戦った敵国、戦後さまざまな物資を供給されて恩、それは羞じながらも受け止めざるを得なかった日々。みじめなほどの悲しい俊雄の接待の裏に、当時のこの国の人たちが持っていた卑屈さ、恥、屈折が見事に描かれている。

 そういうカルカチュアされた物語の根底に『火垂るの墓』に描かれる悲しい物語がある。
 そこには敵国ではなく、同じ国民、あるいは親戚からもはじき出される清太と四歳の妹節子がいる。節子が蛍のようにはかなく亡くなるのも、清太は終戦のあと飢えでなくなるのも、人の感情すらねじまげてしまう戦争という行為があったからだ。
 ジブリの映画で泣いた若い人にも、野坂の「縦横無尽」に流れる饒舌な文体の原作を読んでもらいたい。
 これが野坂昭如だ。

 反戦や反権力への強い抵抗を示し続けた野坂さんは、最後までこの国のことを案じていたという。
 もう二度と清太や節子のような子どもをうみだしてならない。
 野坂昭如さんの、それは終生変わらぬ強い願いだったろう。
  
(2015/12/12 投稿)

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