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 今日は、まず
 うれしいニュースから。
 私の書いた『火花』(又吉直樹さん)のレビューが
 hontoという電子書籍と紙の書籍のハイブリッド型総合書店の
 「レビュー・オブ・ザ・イヤー2015」の
 「ベストレビュー賞 第1位」を
 受賞しました。
 
   サイトはこちらから。

 この賞のことは全然知りませんでしたので
 まさに
 びっくりぽん。
 「hontoレビューで最も栄えある賞」なんていわれると
 恥ずかしくなってしまいます。
 でも、うれしいですね。
 書評は、最後に再録しておきます。

 先日(12月13日)
 埼玉県の「図書館と県民のつどい」の記念講演に
 行ってきました。
 今回のテーマは

   みんなが「図書館」でつながる日

 今年で9回めの催しですが
 今年は会場をうらわの市民会館に変更になって
 開催されました。

 今回の記念講演は
 作家の荻原浩さん。
 荻原浩さんといえば『明日の記憶』や『愛しの座敷わらし』などで
 人気の作家さん。
 演目は「こうして小説を書いている」。
 自身の創作秘話を惜しげもなく語ってくれました。
 例えば、ラストは最初から考えているとから
 執筆の際には「名前辞典」や「気象年鑑」を傍においているとか
 キャクターの五感を大事にするといったこととか。
 キャラクターの名前をつける際には
 親の視点を忘れないようにというお話は
 ついキャラクターに沿った名前をつけてしまいがちです。
 例えば、強い男の子には剛みたいに。
 でも、実際名前をつけるのは親。
 それを忘れないようにしないと、キャラクターが
 生きてきません。

 なかなか作家自身の言葉で
 創作秘話を聞くことはないので
 興味深い90分でした。

  

sai.wingpen  再録書評:これは、いい作品だ                   

  作者には属性がある。
 男、女、若い、中年、初老、会社員、契約社員、無職、もちろん作家。
 それが大手商社の人事マンであっても構わないし、まして人気漫才師であっても、小説を書いてはいけないということはない。
 又吉直樹という現役の漫才師が純文学を書いて、「文学界」という作家志望の人ならそこに掲載されることを一度は夢見る文芸誌に掲載され、話題となる。
 何故、話題となったのだろう。
 又吉が漫才師であったからか。
 まるで、漫才師などは文学ともっとも遠いところにでもいるかのような騒ぎ方だ。
 きっとそんな騒ぎ方をされている本は読みたくないと思っている人もいるだろうが、読まないとあるいは損をする作品かもしれない、これは。

 若手漫才師の「僕」はたまたま同じ現場で仕事をした先輩漫才師「神谷」に弟子入りをすることになる。
 「弟子入り」といっても、「漫才師とはこうあるべきやと語ることと、漫才師を語ることとは、全然違うねん」、そんなことを語る神谷のあとをついてまわって、お酒を飲んだり、神谷の彼女の部屋に転がりこんでばかりいる。
 「僕」も神谷も売れないことには変わりない。
 しかも、神谷は「僕」の先輩ゆえに、いつも出費は神谷だ。
 いつしか、少しは名前が売れ出した「僕」のコンビ。その一方で、神谷のコンビは芽が出ない。

 立場が逆になり、「僕」はとうとう神谷をこき下ろすことになる。
 「徳永やったら、もっと出来ると思ってまうねん」という神谷に「ほな、自分がテレビ出てやったらよろしんやん」と毒づく「僕」。
 漫才の世界の話ではあるが、そこにはもっと深い世界がある。
 その世界を男二人のせめぎあい。それは昔見たアメリカン・ニュー・シネマの主人公たちのような世界観。
 例えば、「真夜中のカウボーイ」のような。

 やがて「僕」たちのコンビも絶頂を知らないまま、コンビ解散となってしまう。
 「一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう」、そのことに気づいて、やっと「僕」は自分の人生を手にいれたことを知る。

 漫才師は漫才だけをすればいい、と神谷ならいうだろうか。
 いい作品なら書けば、もう作家だ。
  
(2015/05/13 投稿)

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