プレゼント 書評こぼれ話

  元旦の新聞に、
  積水ハウスの全面広告が載っていました。
  朝日新聞にも日本経済新聞にも
  載っていましたから
  目にした人もいるのではないでしょうか。
  その広告に
  「人生の長い午後」という詩のようなコピーが
  ついていました。
  とてもよかったので
  その一節を書き留めておきます。

    60歳を過ぎたら、おじいさんだと思ってた。
    だいぶ、イメージは変わったよね。

    たとえば、一生を一日として考えれば。
    いちばん楽しみな、夕食を準備する時間かな。
    その後の、グラスと音楽のひとときも。

    (中略)
    さあ、晩餐まで。もう少し。

  そのあとに「家に帰れば、積水ハウス」となるのですが
  まさに私のことをうたってくれたような文章。
  晩餐のための準備をしているんですね、今。
  今日紹介する
  下重暁子さんの『人生という作文』は
  今年のはじめに紹介しようと
  思っていた一冊。
  この一年への思いにしたい一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  書くことでこれからの人生を生きて行く                   

 書くことが嫌いではない。
 はっきり好きと書かないのは、大事なことをまだまだ書けていないから。大事なこと。それは自分自身なのかもしれない。
 これから先、それを書くことができるだろうか。
 『最後はひとり』というタイトルで出た単行本を加筆、再編集し、さらに社員食堂で働きながら松本清張賞を受賞した作家山口恵以子との対談を加えた新書版は、もとのタイトルとはまったく違う、いいタイトルがついて新書化された。
 そうなのだ。私たちの人生は作文なのだ。もちろん、書き手は私たち自身。
 下重さんは、「書くとは、自分自身を見つけること」と書いている。
 私たちは何のために生きているのか。幸福になるということもあるだろうが、結局は自分自身を見つける長い旅をしているのではないだろうか。

 この本にはNHKのアナウンサーとして活躍し、その後書くということにこだわってきた下重さんの生き方が綴られている。この本を綴りながら、下重さん自身が自身の生を振り返っているともいえる。
 そして、これからの人生も言葉にしていく。
 下重さんは、「年を重ねる事は個性的になる事。私はようやく書くという最後のものに直面することが出来た。ほんとうにしたい事、ほんとうにしなければならない事。人生の最後に向ってこの道一筋につながる」と、堂々と書いている。
 書くということの見本をこの本では示してくれているともいえる。この人のように書けたらどんなにいいだろう。

 「ものを書く時は、自分一人と向き合うから孤独である」と書いて、そのあとに下重さんはこう続ける。
 「孤独は淋しいものではなく、自分を知るためのもっとも豊かな時間である」と。
 年を重ねながら、自分を見失ってはいけない。自分を深く知ることこそ、年を重ねるということではないか。
 人間誰もが「最後はひとり」のはず。その「最後のひとり」の自分自身とどう向かい合えるか、それはとても大事なことだ。
 書くことで、これからの人生を生きて行く。
 下重暁子さんに倣いたいものだ。
  
(2016/01/04 投稿)

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