プレゼント 書評こぼれ話

  先日の日曜日(1月24日)、
  さいたま芸術劇場の映像ホールで開催された
  優秀映画鑑賞推進事業の
  名画上映会に行ってきました。
  上映作品は
  藤田敏八監督の「八月の濡れた砂」。
  1971年の作品です。

  

  今はこういう作品をスクリーンで観ることは
  なかなかできないので
  うれしかったなぁ。
  上映後には日本大学芸術学部教授の
  田島良一先生によるアフタートークまであって
  しかも料金が500円ですから、
  充実の映画生活でした。
  実はこの「八月の濡れた砂」は
  今日紹介する『銀座並木座』でも
  何回も観た作品。
  映画もさることながら
  映画館そのものが青春の思い出。
  この本を読んだあと、
  手元に残していた大学生の頃を手帳をひっぱり出しました。
  1978年と79年の手帳が残っていて
  当時観た映画のこととかも記しているのですが
  残念ながら並木座の記述はありませんでした。
  つまり、私が並木座で映画を観たのはそれ以前となります。
  並木座小林正樹監督の「切腹」を観た記憶があるのですが
  上映作品リストを見ると
  昭和50年(1975年)の1月15日の週に
  「切腹乾いた花篠田正浩)」で上映されています。
  この時に並木座に行ったのかも。
  こんなことを書いていると
  あの頃に戻りたくなります。

  じゃあ、読もう。

  
sai.wingpen  銀座に並木座という名画座があった                   

 銀座に並木座という名画座があったのをご存じだろうか。
 開館から45年、平成10年(1998年)9月に多くのファンに惜しまれつつ閉館し、今はない。
 思い出を書く。大阪の小都市で生まれ育った私は高校生の頃に映画に夢中になって、「キネマ旬報」という映画雑誌を購読していた。そこに各地の名画座の上映スケジュールも載っていて、東京の名画座のラインナップにいつもため息をついていた。
 中でも、池袋の文芸座と銀座並木座で上映されていた邦画の名作群には圧倒されていた。
 そして、運よく東京の大学に進学し、憧れだった東京の名画座は手の届く映画館になった。
 並木座は小さな名画座で、館内には大きな柱すらでんとあって、座る席には苦労した。それでも、並木座にいるだけで、映画の世界を満喫できた。手のひらサイズの映画案内「NAMIKI-ZA Weekly」も洒落ていた。黒澤明、鈴木清順、藤田敏八・・・、並木座で日本映画の魅力を教えてもらったといっても過言ではない。

 そんな並木座の45年を丁寧にたどったのが、この本である。
 随分知らなかったことも多い。例えば並木座の開館に名プロデューサーである藤本眞澄氏が関わっていたこと、石坂洋次郎や市川崑、あるいは小林桂樹という俳優たちが株主であったこと、開館の前夜祭にはあの越路吹雪が唄ったこと(それにしてもあの狭い空間でどう唄ったのだろう)、支配人たちのプログラムを組む苦労。
 小さな名画座であったが、足繁く通ったファンと日本映画をこよなく愛した人々の思いで出来上がっていた映画館だったのだ、並木座は。
 著者の嵩元友子は本の中にこう記している。
 「三十年も五十年も、人々の心に残る」名画座であり、映画ファンの「心のオアシス」であったのは間違いない」と。

 この本の素晴らしい点のひとつに巻末につけられた並木座上映作品リストがあげられる。
 私が17歳だった昭和47年(1972年)の頃の上映作品の中に黒澤明の「椿三十郎/七人の侍」の二本立てがある。こういうのを見せられると、大阪の少年なんてころりとなってしまうのがよくわかる。
 並木座がなくなってもう15年以上経つ。
 銀座に並木座という名画座があった、と過去形で書くしかない。
  
(2016/01/26 投稿)

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