プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介した
  オードリー・ヘップバーン
  洋画の清純派女優とすれば
  日本映画の清純派女優は
  吉永小百合さんですよね。
  これは異存のないところでしょ。
  しかも、
  オードリー・ヘップバーンと同じように
  吉永小百合さんも
  社会貢献の一環として
  長年「原爆詩」の朗読会を
  続けています。
  今日紹介する
  『吉永小百合の祈り』は
  その活動がTVで放映されたものを
  活字化したものです。
  NHKアーカイブス制作班編です。
  アーカイブスというのは
  文書や資料の保管庫みたいな
  意味ですね。
  女優をしながら
  社会貢献をしているなんて
  生きる姿勢がいいですよね。
  その点でも
  吉永小百合さんも妖精かも
  しれません。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  ここにも妖精がいた                   

 女優吉永小百合さんの魅力はその眼ではないでしょうか。
 女として生きる辛さの表現もその眼が語っていると思えます。それは、高校生の時の作品「キューポラのある街」(1962年)から変わっていません。
 その一方で声はけっしていい方ではないのではないかと思います。いわゆる鈴を転がしたような細い澄んだ声ではない。むしろ、しっかりと落ち着きのある太い声のように感じます。
 だからこそ、その声が30年以上続く「原爆詩」の朗読会の源泉となっているのではないでしょうか。
 生きることの素晴らしさ、戦争の悲惨さは、あの声だから心の底に響いてくるような気がします。

 この本は吉永小百合さんの「原爆詩」を語り継いでいく姿を記録したNHKの番組を書籍としてまとめられたものです。
 「プロローグ」に吉永さんのこんな言葉が紹介されています。
 「“戦後何年”という言い方がずっと続いてほしい」。
 昨年(2015年)は戦後70年という年でした。この国に住む私たちは幸いなことに太平洋戦争の終戦から70年、直接的に戦争の当事者になったことはありません。残念ながら世界に視線をうつせば、70年の間にたくさんの戦争がありました。
 だからこそ、吉永さんがその言葉に込めた意味の大きさに感じ入ります。

 第一章では吉永さんと「原爆詩」との出会いがインタビュー形式で描かれています。
 いつまでもお若い吉永さんですが、1945年の東京大空襲の3日あとに生まれた世代でもあります。
 だから、戦後の食糧のない日々も経験しているのです。
 「戦争を知らない子どもたち」は幸いなことにそういうことを知らないまま大きくなりました。しかし、吉永さんは幼いながらも、自分の体で体験されている。
 そういうことは生きることの強みになっていると思います。
 そして、映画作品の中で戦争の悲惨さを追体験していく。
 吉永さんはそうやって「原爆詩」と出会います。

 第二章では語り続けるにあたっての思い、第三章では戦争を知らない子どもたちへの思い、そして第四章で原発事故で大きな悲しみを受けた福島の人たちにも思いを馳せます。

 女優吉永小百合さんは日本を代表する映画女優ですが、「原爆詩」の朗読もまた吉永さんの大いなる人生のひとつであることは間違いありません。
  
(2016/02/26 投稿)

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