プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  姜尚中さんの『姜尚中と読む夏目漱石』の書評を書きに際して
  あらためて夏目漱石の業績をみると
  その作家活動はわずか10年だったことに
  驚く。
  そして、他のどんな作家よりも
  読まれ続けていることにも
  稀有な感じがする。
  日本人はどうしてこんなにも
  夏目漱石が好きなのだろう。
  おそらく夏目漱石の作品が
  きちんと語り続けてきたからではないか。
  夏目漱石の作品はもちろん本として残っているが
  案外口承文学的な要素も
  あるのかもしれない。
  この本のように
  姜尚中さんが夏目漱石のことを語ることで
  また若い人たちが夏目漱石を読む。
  そうやって伝わってきたのが
  夏目漱石ではないだろうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  没後100年の今年こそ                   

 今年(2016年)は夏目漱石の没後100年にあたります。
 今年の初めに刊行されたこの本もそういうことを意識して出された一冊ですが、書いているのは文学者でも研究者でもなく政治学者である姜尚中(かんさんじゅん)氏というのがいい。
 なぜかというと、姜氏が漱石に強い思い入れを持っているのが、自身の出身地熊本に漱石がかつて高等学校の講師として赴任したことがあるからだとか自身が通った眼科に漱石も通ったことがあったとか、普通の読者が作家を好きになる、そんな気分が姜氏の文章にはあるからだ。
 漱石を好きな人から漱石の話を聴く。
 これってもっとも理解しやすいかもしれない。

 夏目漱石が処女作『吾輩は猫である』を書いたのは1905年(明治38年)で、作家活動は亡くなる1916年(大正5年)までのわずか10年あまりしかない。
 たった10年でりっぱな全集や幾多の研究本を生み出す作品を書いたのだから、すごい作家であることは言うまでもない。
 それに漱石がすごいのは、それらの作品が今でも読み継がれていることだ。そういう作家は稀有といっていい。
 姜氏はそんな漱石の作品群すべてを論じていない。その点もこの新書のいいところだ。

 姜氏はこの本の中で『吾輩は猫である』『三四郎』『それから』『門』『こころ』の5編に絞って紹介している。
 おそらく『坊っちゃん』がないという人もいるだろうし、『明暗』がないと怒り出す人もいるかもしれない。
 しかし、作品を絞り込むことで漱石がうんと身近になっているように感じる。
 近寄りがたい作家ではなく、読めそうな気がする作家。
 姜氏はこの新書の読者層である中高生には、漱石をそういう作家として接して欲しかったのだと思う。

 これら5編の作品の中でも姜氏がもっとも思いを伝えたかったのは『こころ』。
 この作品を通じて漱石の思いを的確にまとめている。
 すなわち、漱石は「いのち」そのものを伝えたかったということだ。そして、そのことは漱石が亡くなって100年経っても変わらない、人の思いとしてあるということ。
 漱石をいま一度読んでみたくなる一冊だ。
  
(2016/03/10 投稿)

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