プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から今日で5年。

  きっと各地で追悼の場がもたれることでしょう。
  できれば、各人があの日あの時刻のことを思い出すのも
  いい。
  2011年3月11日14時46分。
  あの時、皆さんはどこにいましたか。
  何をしていましたか。
  あの日の天気を覚えていますか。
  私はしっかりと覚えています。
  東京の空とどんよりと曇っていました。
  そして、少しは携帯もつながりましたが
  すぐに通じなくなりました。
  あの日、帰宅せずに
  仕事場に泊まりました。
  泊まったといっても
  机にふせていただけですが。
  東北の被災のことはあまり知りませんでした。
  次の日に家に戻ってから
  深刻な状況を知ったような有り様です。
  あれから5年。
  これまでにもたくさんの震災関係の本を
  紹介してきましたが、
  今日はやはりこの本に戻ってみようと
  思います。
  吉村昭さんの『三陸海岸大津波』。
  あの日のことを忘れないために。
  東北の人たちと心を寄り添わせるために。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  伝えつづけることの困難さ                   

 2011年3月11日の東日本大震災から5年が経ちました。
 あの震災のあと、書店の平台に並んだ震災関係の多くの本の中にあって、吉村昭さんのこの本は異彩を放っていたように思います。何故なら、吉村さんは震災より5年前の2006年に亡くなっていたのですから。多くの記録文学を描いてきた吉村さんがいち早く手掛けたのがこの作品でした。ここには吉村さんの原点のようなものと被災地となった三陸海岸への思いが詰まっているのです。

 1970年(昭和45年)に刊行されたこの本(原題は『海の壁』)の中で吉村さんはこう綴っています。
 「津波は、自然現象である。ということは、今後も果てしなく反復されることを意味している」
 東日本大震災は結果として、吉村さんのこの予言のような一言が図らずも当たってしまったのですが、吉村さんが大きく間違ったことがあります。
 この本では三陸海岸を襲った三つの大津波のことが記されています。明治29年、昭和8年、そして昭和35年のチリ地震によるもの。これら3つの津波被害をたどって、「あきらかな減少傾向がみられる」と、吉村さんは書きました。
 その理由として、今回の大震災でも問題となった「高地への住民の移動」だけでなく、「避難訓練」「防潮堤その他の建設」などの進化を挙げています。
 実際、吉村さんは田老町の巨大な防潮堤を目にしています。
 しかし、東日本大震災ではこれら過去の大津波と匹敵する被害をもたらしました。
 吉村さんの見た田老町の防潮堤も決壊したのですから。

 吉村さんの希望のような観測がこの大震災で崩れさったことを責めているわけではありません。
 吉村さんはこの作品において多くの警告を発していたのです。私たちは残念ながらそれを忘れていたのです。
 文庫化に際しての文章の中に岩手県で津波についての講演をした時のことが描かれています。その時、聴衆のほとんどが過去の津波について体験していないことに「奇妙な思い」にとらわれたとあります。
 過去の体験を伝えていくことの大変さを吉村さんは実感されたと思います。

 東日本大震災をきっかけにこの本が再び読まれました。しかし、それから5年経って、私たちはまたこの本のことを忘れかけていないでしょうか。
 何度でも、何度でも、この本に立ち返る。
 それがあの日から5年経った、思いでもあります。
  
(2016/03/11 投稿)

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