プレゼント 書評こぼれ話

  最近必要があって
  詩人茨木のり子さんの生涯を
  調べてみる機会があった。
  あらためて
  詩集『歳月』に込められた
  茨木のり子さんの思いに
  胸の奥から突き上げてくる
  感情があった。
  生涯をたどるに
  役に立ったのが
  この『茨木のり子の家』という
  写真集だった。
  精密な写真に映し出された
  床も壁も椅子も机も
  茨木のり子という女性とともに
  あったのかと
  眼前に浮かんでくるような感じさえした。
  今日の再録書評
  2010年12月30日に書いたものだが
  結構熱く書いている。
  あれからずっと
  茨木のり子はそばにいるのかもしれない。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  夏の匂い 夏の音 夏の風                   

  2010年夏、群馬に行った。
 新聞の文芸欄に掲載されていた、その記事は今もちゃんと残しているのだが掲載日を残していなかったのが悔やまれるのだが、詩人茨木のり子の回顧展開催の記事に誘われて土屋文明記念館に行った。この年(2010年)の夏を象徴するような暑い日曜だった。
 入り口側にあった作品展示「花の名」の一節に、それは「棺のまわりに誰も居なくなったとき/私はそっと近づいて父の顔に頬をよせた」という言葉のつらなりであったが、不意に涙がこみあげた。
 この春、亡くなった母、奇しくも母は茨木のり子と同い年だった、の棺のなかの顔を思い出した。あの時の悲しみはこうして言葉になり、人の心にはいっていくのだ。
 その時、詩のすごさを感じた。

 茨木のり子は2006年2月に亡くなった。それがここにきて、またブームに火がついたかのように、回顧展があったり関連本が出版されたりしている。この『茨木のり子の家』はいくつかの詩篇が収められているが写真本である。
 終の住処となった東京東伏見の詩人の家、正しくいえば茨木のり子が夫であった三浦安信と暮した家である、が対象となっている。
 この家で茨木のり子は夫の死後もひとりで暮らしつづけた。

 なかに、リビングの写真がある。そこに、代表作「倚りかからず」の詩にでてくる椅子、それは茨木のり子の人気を決定づけた作品で、そのなかに「倚りかかるとすれば椅子の背もたれだけ」と詠われたまさにその椅子、が置かれている。
 その椅子の現物を回顧展で目にすることができたのは、こうして家のなかの一部となった写真を見るにつけ、うれしいかぎりだ。夫安信のために購入された椅子だが、この回顧展で初めて家を離れたという。

 そして、「Yの箱」である。
 茨木のり子が夫の死後、ひそかに書きためていた詩の原稿がはいっていた箱である。この写真本にもそれは載っているし、回顧展では現物の「Yの箱」も、それはあまりにもどこにでもある普通の箱だ、目にすることができた。
 そのなかの詩はいくつかクリップどめされていて、一部はその錆で茶色く変色している、そのことさえも茨木のり子のこの詩篇たちへの愛着を感じずにはいられない。
 それにしてもなんという写真技術の発達だろう。写真の原稿は生のものとほとんど変わらない。

 夏。
 戦争があった夏。茨木のり子が「ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた」(「わたしが一番きれいだったとき」)その夏から、何度の夏が訪れただろう。
 茨木のり子は椅子に腰掛け、蝉の声を聴き、風がわたる気配を感じ、この家の住人として生きた。詩人の息づかいが、それはけっして激しいものではなく静かに深くであったろう、今でも残る、そんな家が、なぜか懐かしくもある。
  
(2010/12/30 投稿)

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