プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  岩波文庫版『石垣りん詩集』を
  本屋さんの店頭で見つけた時は
  胸が躍った。
  昨年の11月のことだ。
  すぐさま読んだのですが
  書評がなかなか書けずにきました。
  石垣りんという詩人の凄さは
  普通の働き手として生活しながらも
  その言葉は常に鋭かったということです。
  書評には紹介できなかったが
  「雪崩のとき」という
  現在に通じる鋭い詩がある。
  また、今回書評のタイトルにした文章は
  「略歴」という詩の一節である。
  最近の岩波文庫の詩集は
  いい。
  『石垣りん詩集』のあと
  すでに出版されていた
  『谷川俊太郎詩集』もいそいで
  買った。
  しかし、これはまだ読めていない。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私は金庫のある職場で働いた。                   

 詩人は特別な人ではない。
 現代詩の詩人たちを辿ると、それはよくわかる。彼らは時に市井の人として生き、時に詩人として俊悦な言葉を口にした。
 そういう彼らに強く魅かれる。
 茨木のり子の人生を辿ると、確かに彼女は詩人としての領域は濃いが最愛の夫を亡くしてからのハングルへの傾倒などを見ていくと、言葉への固執はありながら、何かを喪った時に我々が陥る「自分探し」に近いものがあったのではないかと思う。
 それが顕著なのは、石垣りんではなかったか。

 石垣りん。大正9年(1920年)東京に生まれる。先の茨木よりは6歳年上になる。2004年12月、84歳で死去。
 代表作として「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」「表札」「定年」などがある。いずれの詩も、伊藤比呂美が編んだ岩波文庫版のこの詩集に掲載されている。
 石垣の場合、茨木よりもさらに市井の人という印象が強い。
 高等小学校を卒業後、日本興業銀行に事務見習いとして入行。そして、55歳の定年までりっぱに勤めあげるのである。

 「ある日/会社がいった。/「あしたからこなくていいよ」」とあるのは、「定年」という詩の冒頭である。
 この詩は「たしかに/はいった時から/相手は会社、だった。人間なんていやしなかった」で終わる。
 石垣には親たちの生活を背負っているというハンデがあった。だから、会社の言葉である「定年」という一言で働く場を取り上げられることに忸怩たる思いがあったのだろう。
 石垣の視点は、常にそうあった。
 「自分の住むところには/自分で表札を出すにかぎる。」という言葉で始まる「表札」のなんと凛々しいことか。
 市井の人であったからこそ、石垣も茨木も凛としていた。
 「表札」の最後、「精神の在り場所も/ハタから表札をかけられてはならない/石垣りん/それでよい。」

 石垣と茨木はしばしば行き来するほど仲がよかった。
 茨木が谷川俊太郎とともに石垣を見舞ってから三日後、石垣は生きることを止めた。
 石垣の死から1年少しで茨木も没する。
 生きることとは死も含んであることを、彼女たちは知っていた。
  
(2016/03/26 投稿)

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