プレゼント 書評こぼれ話

  何十年かぶりに
  太宰治の短編を読んでみようかと
  思ったのは
  昨日紹介した
  石川桂郎の『剃刀日記』を読んだせい。
  なかなか太宰治に戻れなかった
  私だが
  これでなんだか安心して
  太宰治のところに戻れるかもしれない
  気持ちになった。
  今回読んだのは
  晩年の短編を集めた『ヴィヨンの妻』。
  確か初めて太宰治の作品を読んだのも
  新潮文庫の『きりぎりす』だったと思う。
  あれはいくつの時だったのだろう。
  大学生になって
  初めて東京に出てきた最初の年、
  三鷹の禅林寺の桜桃忌に行ったことがある。
  その夜であったか、
  一人桜桃を齧りながら
  お酒を飲んだことも。
  まさに、きどりやがって、である。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  やっぱりいいかも、太宰                   

 太宰治の晩年の名作短編を収めた新潮文庫の奧付を見ると、昭和25年12月発行とある。
 太宰が山崎富栄と玉川上水で心中したのが昭和23年6月13日であるから、わずか2年あまりで文庫化されたということになる。
 以来、版を重ねて、私が手にしたものは平成21年10月で114刷とあるからすごいものだ。
 この文庫には表題作である「ヴィヨンの妻」のほか「親友交歓」「トカトントン」「父」「母」「おさん」「家庭の幸福」、そして太宰の忌日の名前の由来となった「桜桃」の8篇が収められている。
 こうして作品名を書いているだけで、甘酢っぱい気分になってしまう。
 何しろこれらの作品を読むのは何十年ぶりのことなのだから。

 ご多分にもれず青春期に太宰にはまった。新潮文庫に収められた作品の数々を読んだ。全集も買った。太宰の生涯を追った記録なども読んだ。
 しかし、気がつけば、太宰から遠く離れた時間を過ごしている。
 何かのきっかけがあった訳ではない。自然と太宰から離れていった。いつかまた戻ることがあるだろうと、全集を手離せないでいるが、その機会は訪れていない。
 38歳で亡くなった太宰の年齢をとっくに過ぎて、それでもこうして読み返してみると、桜桃を齧った時のような甘酸っぱい気分になるのだから、太宰という文学者の影響は大きい。

 晩年のこれらの短編をすっかり忘れていたわけではない。
 「父」のラスト、「義。義とは?」、「ヴィヨンの妻」の「椿屋のさっちゃん」、「桜桃」の「お乳とお乳のあいだに、・・・涙の谷」、そして同じ「桜桃」の「子供より親が大事、と思いたい」と次々と言葉が浮かんでくる。
 その一方で、こういう作品だったのかと今さらながらに感じ入ったものもある。
 それが「母」。
 「父」という作品が太宰の自身の家庭を描いた私小説めいた造りになっているからつい「母」もそうかと思ってしまうが、この短編はそうではない。宿屋での一夜、隣の部屋の男女の語らいに出てくる男の母の年齢。それにはっとする主人公。
 太宰ではないが、つい、「きどりやがって」と言いたくもなる名篇だ。
  
(2016/05/18 投稿)

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