沖縄紀行も三日目、最後の行程である。
 訪ねたのは
 那覇から南下する糸満市にある
 「ひめゆりの塔」。
 
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 沖縄戦の悲劇の代名詞のように
 語られる地である。
 昭和20年(1945年)3月、
 沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の女子生徒及び職員総計240名が
 看護要員として従軍した。
 戦火の拡大に伴い、
 少女たちは軍隊と共に南下していく。
 そして、6月、少女たちは突然解散を命じられる。
 解散といっても
 まわりにはすでにアメリカ軍の砲火が充満していた。
 行くあてもない少女たちは
 地下壕の中で若い命を散らしていく。
 生徒123名、職員13名が犠牲となった。

 「ひめゆりの塔」が有名になったのは
 映画の影響が大きい。
 1953年に今井正監督で映画化されている。
 主演は香川京子さん。

  

 そのあとも今井正監督で1982年にリメイクされている。
 そして、1995年には神山征二郎監督で再度映画化。
 この時の主演が沢口靖子さん。
 そういえば
 吉永小百合さん主演で
 1962年にも映画化がされていた。
 この時の監督は桝田利雄
 「あゝひめゆりの塔」である。
 沖縄にはひめゆり部隊と同様の
 若い学徒の悲劇がその他にもたくさんある。
 その中でもこの「ひめゆりの塔」が
 多くの人の記憶に残っているのは
 これらの映画の影響ではないだろうか。

    梅雨に入るひめゆりの塔濡れ献花     夏の雨

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  写真は
  「ひめゆりの塔」そばに咲いていた
  ベンガルヤハズカズラという花。

 ひめゆりの女生徒の悲劇のあとほどなく
 終戦を迎える。
 終戦の決断がもう少し早ければ
 少女たちの悲劇がおこらなかったかもしれない。
 しかし、終戦後も
 沖縄はアメリカの基地を抱え、
 そのことで悲惨な事故や事件があとをたたない。
 先日も軍属のアメリカ人によって女性が殺害される
 痛ましい事件が起きた。
 沖縄は本土にはない
 南の国特有の海と空をもち
 多くの観光客を受け入れている。
 沖縄には歓喜と悲劇が
 いつも同居している。
 それはずっと変わらずにある。
 観光客である私たちも同じだ。
 どんなに楽しい旅の記憶があっても
 その中に「ひめゆりの塔」の代表される戦争の悲劇や
 広大なアメリカ軍の基地の実態が
 棘のように突き刺さる。
 「ひめゆりの塔」のそばで
 土産店の派手な看板が軒をつらねる光景こそ
 沖縄を象徴しているように
 思えた。

 沖縄旅行
 単純に「楽しかった」といえない
 つらさを残す。
 司馬遼太郎さんの「街道をゆく」では
 沖縄紀行のあと石垣島や与那国島といった先島に
 司馬さんは足を向けたが
 私の沖縄紀行は
 「ひめゆりの塔」を最後におわる。

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