プレゼント 書評こぼれ話

  毎週月曜のブログ記事は
  「わたしの菜園日記」と
  昨年の春から始めた菜園の活動を
  記事にしているが、
  友人たちからは面白いと好評だ。
  本のブログながら
  菜園の記事が面白いとは忸怩たる思いだが
  まあ書いている私も
  楽しんでいるから
  いいんですが。
  今日はそんな私にうってつけの本、
  伊藤礼さんの『ダダダダ菜園記』を
  紹介します。
  奇妙なタイトルですが
  そのことは書評で触れていますから
  そちらを。
  伊藤礼さんの作付野菜は
  私の菜園をほぼ同じなのですが
  クワイを育てているのです、伊藤礼さんは。
  それだけで
  うらやましくなりました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  耕耘機が欲しい                   

 タイトルについて少し説明する。
 後段の「菜園記」はわかりやすい。そうか、この本は菜園のことが記されているのだと容易に推測がつく。
 問題は前段の「ダダダダ」である。なんだ、これはと誰もが思うにちがいない。菜園とこの「ダダダダ」はどういう関係があるのか。
 実はこれは耕耘機の発する音なのだ。
 つまり著者の菜園には菜園家なら誰もが夢見る耕耘機があるのだ。
 では、著者の菜園はどれぐらいの広さなのか、「猫の額」とあるが約13メートル×3メートル、39平方メートル、13坪の広さなのだ。うらやましい。
 昨年の春から私も菜園を始めたが、わずか3.3坪しかない。それに比べて、著者の菜園は4倍の広さがある。広い。これが「猫の額」ならば、私の菜園は「ノミの額」だ。
 これだけの広さであれば「ダダダダ」もありうる。うー、うらやましい。
 しかも、この菜園、著者の家の庭でもある。食堂から菜園の様子がうかがえるなんて、いうことはない。
 つまり、この本は素人の菜園家からみればなんとも贅沢な菜園記なのだ。

 著者は小説家伊藤整の息子で、すでに80歳を超えている。だから、13坪の菜園を耕し、畝をつくるとなれば極めて重労働だ。そこで、「ダダダダ」耕耘機の登場である。
 いわば、肉体的衰えが菜園家あこがれの耕耘機購入の理由である。だから、うらやむのはやめることにした。畑を耕すのは大変なのだ。
 80歳を超えて、それでもこうしてこれだけの畑を維持(できない時もあるが)する著者に拍手をおくるべきなのだ。

 それに同じ菜園家として、例えば落花生(この本では南京豆となっている)のように地中で生育する野菜について、「地上に引っ張り出すまで生育状況が不明というところが面白い」と感じる思いは同じだ。
 きっと菜園家の賛同を得ることだろう。
 ならば、誰にもこの本のような「菜園記」が書けるかというとそうはいかない。
 先の文章に続いて、それは「おみくじを引くようなもの」とある文章の面白さは著者だけのものだ。
 この本はその点でもうらやましいのだ。
  
(2016/05/24 投稿)

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