プレゼント 書評こぼれ話

  権力の座というのは面白い。
  最近のこの国の総理大臣の動きとか
  唯一都と称している行政のトップとか
  やはりしがみつきたくなるものらしい。
  政治の季節なんていう言葉は
  ずっと以前に死語になっている。
  今日紹介する石原慎太郎さんの
  元総理大臣田中角栄を描いた
  『天才』にしても
  政治の本というより
  文学でしょう、やはり。
  そして、それは読み物として
  面白い。
  本が売れるにはそれなりに理由があるが
  この本は完璧だ。
  さすが幻冬舎、というしかない。

  じゃあ、読もう。  

  

sai.wingpen  売れる本にはそれだけの理由がある                   

 人の評価は不変なものかと思っていたがどうもそうではないようだ。
 最近の田中角栄の人気ぶりといったらない。まるで田中角栄が墓場から復活することを望んでいるかのようだ。
 書店に田中角栄の関連本が数多く並んでいる。中でもこの本の人気は高い。
 それはそうだろう。田中角栄が政権を担っていた時期、著者の石原慎太郎は若手自民党議員として田中に対抗した人物で、かつ芥川賞作家という文才を持っている。
 「俺」という一人称で田中の生涯を綴ったこの作品は、石原が「俺」(=田中角栄)でない限り、ノンフィクションの域をでない。つまりは石原の創作なのだ。

 創作だから嘘があるともいえるし、田中自身がもし語ってたとしても真実ばかりではないだろう。もしかしたら、読み物として面白ければそれでいいともいえる。
 ましてや「今太閤」とも呼ばれた田中角栄である。面白くないはずがない。
 豊臣秀吉の晩年、朝鮮出兵が今に至るまでこの国の禍根であるように、田中角栄の退陣の理由となった金権政治がいまだに消えないのに、秀吉人気はあるし、今回のように田中角栄の再来を望む声があるのはどうしてだろう。
 きっとそれは秀吉亡きあと、三成にしても家康にしても物語としても面白さに欠けるのだろう。それは田中角栄のあとの総理大臣についてもいえるかもしれない。
 石原のような作家からすれば執筆の興味をひくのは田中角栄しかいないのではないか。

 もしかすれば死後の評価も含め、田中角栄にとって今がもっとも秀吉に近いかもしれない。
 田中角栄の時代を知らない人が増えるにしたがって、彼のような政治家の再来を望む声は高まるだろう。
 しかし、田中角栄の時代を知るものにとって、本当にそれでいいのかと問いたい。
 あの日、田中角栄に退陣をせまった者たちは間違っていたのか。
 歴史はもっと冷静に評価すべきだ。
 しかし、この作品はそれらを超えて面白い。その面白さが田中角栄のものか石原慎太郎のものか、おそらくその掛け合わせだとすれば、面白くないはずがない。
  
(2016/06/03 投稿)

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