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サンタ・エクスプレス―季節風 冬サンタ・エクスプレス―季節風 冬
(2008/12)
重松 清

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sai.wingpen  ものがたりの歳時記                     矢印 bk1書評ページへ

 重松清の人気シリーズ「季節風」もこの「冬」の巻である『サンタ・エクスプレス』で完結である。
 この機会に、全四巻の帯のコピーを書き留めておく。括弧内は文藝春秋のホームページに掲載されていたそれぞれの装丁の色のイメージ。

 春 … 記憶の中の春は、幾度となく巡り来てひとびとの胸をうるおす (青<青春>)
 夏 … 忘れられない一瞬を焼き付けた夏が、今年もまたやってくる  (赤<朱夏>)
 秋 … 澄んだ光に満ちた秋が、かけがえのない時間をつれてくる   (白<白秋>)
 冬 … 鈴の音ひびく冬が、いとしい人の温もりを伝えてくれる      (黒<玄冬>)
 そして、それぞれのコピーの終わりには、いつも「ものがたりの歳時記」と。

 今回も十二篇の短編が、「焼き芋」や「クリスマス」や「お正月」といった冬の風物詩とともに描かれている。
 しかも重松清らしさを失わずに。
 それは先の「春」「夏」「秋」も同じである。
 親がいて、故郷があって、子供がいて、都会にあこがれて、友人がいて、おとなになって。それぞれが喜びとか悲しみとか後悔とか憧れとかをひきずって。
 でも、重松清らしさとはなんだろう。
 重松清の文学の核とはなんだろう。
 それはおそらく重松が信じている日本人の心の機微のようなものだと思う。あるいは、読み手である私たちが「そうだったよな」と思い返せる感情のようなものだと思う。

 例えば、青春の男女のほろ苦い別離(わかれ)を描いた「コーヒーもう一杯」のこんな文章。
 「十九歳の僕は、ひとの心は言葉や表情よりもまなざしにあらわれるということを、まだ知らなかった」(38頁)
 例えば、故郷に一人残した母親を正月にたずねる「ネコはコタツで」に描かれる、故郷から届いた荷物を開封するこんな場面。
 「親父さんが「ぎょうさん入れてやれ」と言うのか、おふくろさんがどんどん詰め込むのか、どっちにしても、そういうところが田舎で-親なのだ」(109頁)
 例えば、家族四人の現代風の正月風景を描いた「ごまめ」の主人公の思い。
 「昔-まだ香奈が小学生で、敏記は両親を「パパ、ママ」と呼んでいた頃、正月を家族で過ごすのはあたりまえのことだった。あたりまえすぎて、それがいつかは終わってしまうのだと考えもしなかった」(131頁)

 これらの思いは次の世代には伝わらないかもしれないし、そうしていつか苦い思い出のようになっていくのかもしれない。
 重松清が描く世界はいずれ理解されなくなるのだろうか。
 それでも、春。巡り来る季節に人は夢みて。
 それでも、夏。汗で涙を隠して。
 それでも、秋。思い出にひたって。
 それでも、冬。温もりを求めて。
 四季はまちがいなく繰り返すにちがいない。
 
(2008/12/26 投稿)

プレゼント 書評こぼれ話
  このシリーズは基本的には「産経新聞大阪本社夕刊」に
  毎週土曜連載されていたものですが、時折、単行本化にあたって
  別の雑誌とかに発表されたものもはいっています。
  この「冬の巻」では、「コーヒーもう一杯」がそう。
  でも、これがいいんですよね。
  私の大学時代はこの物語よりももっとみじめでしたが、
  「わたし、東京っていう魔法にかかってたんだろうね、きっと」(58頁)
  っていう、ヒロインの言葉に、じん、ときました。
  
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