プレゼント 書評こぼれ話

  先日紹介した
  遠藤周作の『わたしが・棄てた・女』の
  記事の中で
  「読みそびれた本」と書きました。
  「そびれる」というのは
  「その行為をする 機会を失う」とか「しそこなう」という意味。
  よく使われる言葉に
  「聞きそびれる」ってありますよね。
  今日も
  そんな「読みそびれた本」です。
  堺屋太一さんの『団塊の世代』。
  私はこれを
  最近出た「堺屋太一著作集1」で読みました。

  

  ここには『団塊の世代』と
  デビュー作『油断!』が収録されています。
  今日は『団塊の世代』だけの紹介です。
  そうか、こういう作品だったのかと
  思いました。
  期待はずれだったのではなく
  経済小説のように書かれていたのだなということ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  団塊の世代の弟が読む『団塊の世代』                   

 1947年から51年の「戦後ベビーブーム」に生まれた世代を今では普通に「団塊の世代」と呼ぶが、その発端となったのが1976年に刊行された堺屋太一のこの本である。
 当時堺屋は通商産業省(現経済産業省)に勤務する役人で、デビュー作である『油断!』がヒットした気鋭の作家でもあった。
 この2作は予測シミュレーション小説とも呼ばれるが、特に本作の場合、堺屋が描いた世界は現実の世界そのものとなった。

 この世代とは高度成長を支えた一方で「先のことを考えないで、福祉だとかレジャーだとかで民族のバイタリティ―をことごとくその日の消費に使ってしまった責任世代」(第四話「民族の秋」より)と指摘する声もある。
 この作品ではまだミドル世代であった人たちは、今70歳近いシニアに変貌して、この作品の中にはめ込まれたこういう言葉をどう聞いているのだろうか。
 そういう塊を切る棄てることのできないまま、まだこれから先20年近い年月を、私たちの国は背負い続けなければならない。

 この作品は四つの物語からできている。
 それぞれの登場人物は団塊の世代であるが、舞台は電機、自動車、銀行、官庁に分かれている。
 この四つの業種は戦後日本をけん引してきたリーダーだ。だからこそ、団塊の世代が大量にいた業種ともいえる。
 多いゆえの競争を強いられたこともあっただろう。そういうものに勝ち残った人は一握りだろう。反面、どのような形にしろまだ幸せな世代なのかもしれない。
 少なくとも、まだまだ団塊のこぶは消えないのだから、その影響は大きいはずだ。
  
(2016/07/28 投稿)

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