プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する『眩(くらら)』の著者
  朝井まかてさんは
  第150回直木賞受賞ですが
  その記念の講演会を見に行った際に
  朝井まかてさんも壇上にあがられていたのを
  記憶しています。
  あの時は受賞後まもないということもあったでしょう。
  気負いと不安がないまぜになっていたのではないでしょうか。
  しかし、この作品を読むと
  その時の不安はもうないですね。
  実に「あっぱれ」。
  作品の中に
  いくつか気に入った文章があったので
  書き留めておきます。

     誰かと深くなれば、その分遠ざかるものがある。

  これなんかはうまいですよね。
  もうひとつ。

    まだ一筆も下していない束の間は、今度こそいい絵にできるような気がするのに、
    いざ仕上がってみたらいつもがっかりしちまう。

  朝井まかてさんの心意気でしょうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あっぱれ                   

 本作の著者朝井まかてさんは『恋歌(れんか)』で第150回直木賞を受賞した。2013年のことになる。
 実はその受賞作のあと、朝井さんの作品を読むのはこの本が初めてとなる。
 『眩(くらら)』というタイトルがまず気にいった。
 漢字に(ふりがな)を付けるのは、ナ受賞作と同じ。それ相応の気魄が込められたのだろうか。
 取り上げられたのは、葛飾北斎の娘お栄。彼女自身父親には至らないまでも江戸後期の一流の絵師で、父北斎と一心同体のように生きた女性である。
 『恋歌』が歌人中島歌子の生涯を描いてなかなかの硬派の文体であったが、この作品を読んで驚いたのは、まず江戸っ子のきっぷのよさが見事に描かれていたこと。
 こういう時は達者になったというのだろうか。

 父親同様甥の時太郎の不良に生活まで浸潤され困惑しながらも、どこか飄々として生きているお栄。男の気配があまりないせいかもしれない。
 婚家から追い出されながらも親身を傾ける画業に魅入られたといえばいいのか、それでもそんなお栄でもふいと心も体も寄せ合いたく男ができる。
 兄弟子の善次郎である。
 女が放っておかない男善次郎だからこそ、お栄以外の女と世帯を持ったと聞けばあきらめもつく。
 そんなお栄の心持ちを潔いと思ってしまう。

 そんな女を描きながら、朝井まかてさんは本作で「書く」という覚悟の程もしめしてくれたのではないか。
 絵師お栄の思いとそれはどうしても重なってくる。
 その心意気、あっぱれ。
  
(2016/08/26 投稿)

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