プレゼント 書評こぼれ話

  阿久悠さんといえば
  日本の歌謡界に燦然と輝く
  大作詞家です。
  亡くなったのは2007年8月ですから
  もうすぐ10年になるのですね。
  昭和から平成、
  あるいは自身が若かった頃の歌に
  阿久悠さんが作詞された多くの歌があります。
  例えば、森田公一とトップギャランが歌った
  「青春時代」も
  阿久悠さんの作詞。
  おそらく皆さんの記憶に残る歌の中にも
  阿久悠さんの作品があるのではないでしょうか。
  今日はそんな阿久悠さんが遺した日記を読み解いた
  三田完さんの『不機嫌な作詞家』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  日記を読むとはなっているが                   

 中学生の頃、日記を綴っていた。
 当時人気の高かった漫画「あしたのジョー」をきどって、「あしたのために」なんてタイトルをつけたりしていた。『アンネの日記』の影響もあっただろう。あれから半世紀近く過ぎたのだから、読み返せれば面白いだろうが、今はない。
 青春を気取って燃やしてしまった。
 青春なんて気取らなければよかった。
 しかし、日記は読み返すことはあるのだろうか。いや、それ以上に他人に読んでもらえることを意識するものだろうか。
 作詞家阿久悠は1981年から亡くなる2007年まで欠かさず日記をつけていた。
 この本はその日記を基にして、阿久悠の人生を振り返るものだが、阿久悠ぐらいの書くことにこだわりを持った人なら、その日記が死後他人の目に触れることを想定していたのではないだろうか。

 この本では阿久の生涯をたどっているが、それは日記を参照ということではない。
 阿久が日記を書き始めたのは1981年で、実は阿久の作詞家としての絶頂期はすでに到来したあと。さらには阿久の代表作となった小説『瀬戸内少年野球団』も執筆されていた。
 確かに1981年以降も阿久は積極的に様々な活動を行っているが、どちらかといえば早すぎた栄光と長すぎる晩年の日記だといえなくもない。

 日記を読むというより、むしろ阿久が最晩年に日本経済新聞に連載した「私の履歴書 生きっぱなしの記」に負うところが多くなっている。
 阿久の日記のすべてが記されているわけではない。
 もし日記を読むとすれば、阿久の生涯を読むのではなく、晩年に焦点をあてるべきだったのではないだろうか。
  
(2016/09/29 投稿)

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