プレゼント 書評こぼれ話

  昨日三田完さんの『不機嫌な作詞家』という
  作詞家阿久悠さんの評伝を紹介しましたが
  その本の中にたびたび引用されていたのが
  阿久悠さん自身が書いた
  『私の履歴書 生きっぱなしの記』で
  どうにも気になって
  続けて読んでしまいました。
  実は今さらに気になっているのが
  阿久悠さんが書かれた小説で
  これもまた近々読まないといけませんね。
  阿久悠さんのこの本の中には
  淡路島で過ごした高校時代の時
  映画に夢中になった話も書かれています。

    この箱に入りさえすれば、どこへでも行けた。
    何でも知り得た。
    そして、どのようなことも出来た。

  と書いています。
  あの頃、映画少年だった私も
  そんな気分がよくわかります。

  じゃあ、読もう。

  

  sai.wingpen  阿久悠は作家だった                   

 作詞家阿久悠が日本経済新聞朝刊の人気コラム「私の履歴書」に執筆していたのを知らないできた。
 連載時期は2003年5月、亡くなるのが2007年8月であるからその4年前になる。
 連載記事に書き下ろしを追記して一冊の本にまとめたのが2004年。
 癌の発症からまるで駆けるような生きた最晩年であった。

 阿久悠ほどの著名な人の「私の履歴書」であるが、私にはほとんど記憶がない。
 今回あらためて読んでみると、阿久悠はあれほどの多くの歌謡曲の作詞をしながらも本当にしたかったことはやはり作家だったのかもしれないという、驚きのようなものであった。
 「私の履歴書」にこう記されている。
 「ぼくも作詞家の方向へ強く引っ張られ、六十年代から七十年代を大股で跨いだ。賭けでもあった。小説を書くのが十年遅れる」。

 もちろん阿久悠は晩年多くの小説を執筆している。
 しかし、多くの人は阿久悠を小説家としてではなく、作詞家として賞賛する。そのことに阿久悠は満足していたのだろうか。
 この「私の履歴書」を読むと、作詞家という以上に書くことにこだわり、怨念のような感情さえ感じる。そんな人を作詞家とだけ呼んでいいはずはない。
 阿久悠は作家であったと、いつの時代かには認められるのだろうか。

 そして、阿久悠の人生に大きな影響を与えた昭和の漫画家上村一夫についても阿久悠は何回かの記事に綴っている。
 上村一夫が亡くなったのは昭和61年1月。上村は45歳で阿久悠も48歳だった。
 それでも阿久悠は上村のことを何度も書かざるをえなかった。
 特筆していい、友情だ。
  
(2016/09/30 投稿)

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