プレゼント 書評こぼれ話

  今年NHK大河ドラマ真田丸」を
  もし見なかったら
  司馬遼太郎さんの
  『関ケ原』もこの『城塞』も
  読まなかったかもしれません。
  というわけで
  今日はいよいよ『城塞(下)』で
  大坂城の落城までを
  読みます。
  まさに「真田丸」さまさまです。
  今日の書評にこの長編小説の最後の文章がいいと
  書きました。
  それは落城のあと
  多くの豊臣に関係する人たちが処刑されたのですが
  司馬遼太郎さんはそれを書くのは悲傷であるとして

    そのことに心を残しつつ、
    ひとまず筆を擱くほうがいまはよさそうに思える。

  で終わる文章のことです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「無限の可能性を夢想させる時代」を生きた人たち                   

 大坂の陣を描いた司馬遼太郎の長編小説は、文庫本にして上中下の三巻に分かれている。
 この下巻では夏の陣と呼ばれる家康勢と豊臣勢との最後の戦いから大坂城落城までが描かれている。
 「絶望的な戦いをしようとする五万」の豊臣側と「三十万の東軍とどちらが英雄的行動であるか」、司馬さんは当然それは豊臣側に「同情を寄せるにちがいない」と書いている。
 この小説では家康の謀略のひどさが目立つが、それ以上に豊臣秀頼や淀君の愚かさにも司馬さんの筆は容赦がない。

 その一方で豊臣側に味方した牢人たちには優しい。
 真田信繁といわれた幸村については、特にだ。
 彼の人物について「情のこまやかなうまれつきで、しかも性格にあまりひずみがなく、人あたりもよかった」と記している。
 そんな幸村をもっと生かせれば、あるいは時代はまた別の様相を見せたかもしれない。いや、司馬さんはそんな「もしも」を描いている訳ではない。

 ただ、信繁や後藤又兵衛といった豊臣側の諸将だけでなく、この長編小説の狂言まわし的に描かれている徳川側の謀者である小幡勘兵衛を仲立ちにして、この時代のことを「ひとびとに無限の可能性を夢想させる時代」であったと、司馬さんは書いた。
 信繁の心にもそういう灯が点っていたかもしれない。
 そういう夢想があればこそ、この時代は面白いといえる。
 そして、豊臣頼朝には残念ながら己にそんな「無限の可能性」があるとは思いもしなかったのではないだろうか。

 蛇足ながら、この長い物語の最後の文章はなんともいえず、いい。
 司馬さんの小説家としても巧さだ。
  
(2016/12/27 投稿)

  芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
Secret

TrackBackURL
→http://hontasu.blog49.fc2.com/tb.php/3054-1a750032