プレゼント 書評こぼれ話

  山本周五郎が亡くなって
  今年(2017年)は没後50年ということで
  正月元旦の朝日新聞
  直木賞作家の葉室麟さんが文章を寄せていました。
  その中で
  葉室麟さんが山本作品のベストワンに挙げていたのが
  今日紹介する
  『小説 日本婦道記』でした。
  読了して
  もう言葉もないくらいに
  感動しました。
  こんな名作をこの歳になるまで知らずにきたなんて
  なんともったいのないことだったことでしょう。
  若い時であれば
  ここまで感動しなかったかもしれないことを考えれば、
  私とこの作品は
  この歳でめぐりあう運命だったのでしょうね。

    人間にとって大切なのは
    「どう生きたか」ではなく、「どう生きるか」にある

  これは「二十三年」という短編にある一節です。
  これもまた
  なんと深い言葉でしょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  久しぶりに小説を読んで、泣いた。                   

 山本周五郎はこの作品によって第17回直木賞(昭和18年)に選ばれたが、「もつと新しい人、新しい作品に当てられるのがよいのではないか、さういふ気持がします」とこれを辞退している。
 この時、山本は40歳で、若くもないが、その後の大いなる活躍をみると、まだまだ「新しい人」だともいえたのではないだろうか。
 もっとも、その後も山本はいくつかの賞を辞退しているから、気骨の人でもあったのだろう。

 この作品のことを新潮文庫の木村久邇典氏の解説から引用すると、本来この連作集は全部で31篇あるが、昭和33年に新潮文庫に入る際山本自身が11篇に絞って選定したという。
 そのタイトルを列記すると、「松の花」「箭竹」「梅咲きぬ」「不断草」「藪の蔭」「糸車」「風鈴」「尾花川」「桃の井戸」「墨丸」「二十三年」となる。
 どの作品も実に見事。簡にして優雅、哀しいという言葉がこれほどあう小説も珍しいのではないか。
 久しぶりに小説を読んで、泣いた。

 中でも私は「糸車」という作品にもっとも心打たれた。
 幼い頃家の貧しさで里子に出されてお高。年月を経て皮肉にも出された家は没落し、実家は隆盛をほこることになる。実の親はお高を実家に戻そうと図るのであるが、お高の心は育ての家にある。
 お高は云う。「仕合せとは親と子がそろって、たとえ貧しくて一椀の粥を啜りあっても、親と子がそろって暮らしてゆく、それがなによりの仕合せだと思います」

 もうひとつ、「風鈴」という作品にあった、こんな言葉も書き留めておきたい。
 「たいせつなのは身分の高下や貧富の差ではない、人間と生まれてきて、生きたことが、自分にとってむだではなかった、世の中のためにも少しは役だち、意義があった、そう自覚して死ぬことができるかどうかが問題だと思います」

 山本周五郎を読むなら絶対おすすめの一冊です。
  
(2017/02/09 投稿)

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