プレゼント 書評こぼれ話

  人間万事塞翁が馬
  とよくいいます。
  人間の幸福とか不幸は転々として
  予測できないことを譬えた
  中国の故事。
  それはたぶんどんな人にだって
  あるんだろうなと思わないわけでもありません。
  今日紹介する山本周五郎
  『柳橋物語・むかしも今も』も
  不幸の連続のような話ですが
  それでも必死に生きていれば
  仕合せになれるという中編です。
  最近の政治の状況を見ていると
  この人たちも
  塞翁が馬なんだろうなと
  思ってしまいます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  青い鳥はどこにいるのか                   

 『青い鳥』は幸せの鳥は実は自分のもっとも近くにいるという内容の童話だったと思うが、山本周五郎が昭和21年発表した『柳橋物語』も、昭和24年の『むかしも今も』も描き方の視点は違うが、「青い鳥」ではないかと読み終わったあと何日か経って思った。

 『柳橋物語』は徹底的に悲劇の連続である。
 主人公はおせん。彼女には幼い頃から馴染みのあった庄吉と幸太という二人の男がいた。二人は同じ大工棟梁の弟子で、幸太がその後釜に決まる。そうなると庄吉の居場所がない。庄吉はおせんに自分を待っていてくれ、必ず迎えに来るからと上方へと向かう。
 そんなことを知らない幸太はしばしばおせんの元をたずねてくる。悪い噂が立つことを恐れたおせんは強い口調で幸太を拒否する。
 そんなおせんの身の上に大火という災害が襲いかかる。かろうじて幸太がおせんを救い出すが、その幸太は死んでしまう。そして、おせんは記憶を失うのだが、その手には行きずりの幼子が。
 これだけではない。さらにおせんに不幸が襲うのだが、最後には本当の愛に気づくことになる。

 もうひとつの『むかしも今も』は直吉という愚直な男の視点で語られた物語。
 ここでも一途に世話になる家の娘まきを愛する直吉に過酷な運命が度々訪れるのだが、直吉は愛を貫くことになる。
 そして、まきは自分の幸せをいつもそばにいる直吉に見出すことになる。

 二つの作品を比べれば『むかしも今も』の方が好きだ。
 『柳橋物語』はおせんの運命が悲劇すぎるし、彼女が待つ庄吉に魅力を感じないからだ。庄吉がもっと魅力的であれば、おせんの悲しみはもっと深かったかもしれない。
  
(2017/03/21 投稿)

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