プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昨日のつづき。
  村上春樹さんの最新長編小説
  『騎士団長殺し』の第2部、
  『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』を紹介します。
  ちなみに「遷ろう」は「うつろう」と読みます。
  私、読めなかった。
  村上春樹さんのメタファー表現は
  これまでにもたくさん議論されていますが
  この作品でも
  溢れんばかり。
  探していくと
  1ページに必ず1個以上あるかも。
  この長い小説を
  読むのに苦労をしなかったといえば嘘になりますが
  村上春樹さんは
  「不思議な中毒性」を持った作家ですから
  やめるにやめられない
  困った作家なのです、
  私にとって。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  蓋は閉じられた                   

 村上春樹の1000ページを超える長編小説の、第2部のサブタイトルはこうある。
 「遷ろうメタファー編」。
 ここでも、メタファーとは何か気になるところだし、ここにその答えは書かれている。
 「ただのつつましい暗喩」、あるいは「優れたメタファーはすべてのものごとの中に、隠された可能性の川筋を浮かび上がらせることができます」と。
 「騎士団長殺し」という一枚の絵に描かれていた人物たちが次々と主人公の前に現れる。
 彼らはイデアであり、メタファーでもあるのだ。

 あるいは、もしかしたら、この長い作品自体がメタファーではないかと思いたくなる。
 何故なら主人公の前に顕れたイデアも、不思議な隣人のもしかしたら娘かもしれない少女の行方不明にからんで主人公が体験すること自体が意味あるものとは考えにくい。
 何かを浮かび上がらせるメタファーそのものといっていい。

 そういう冒険譚に付き合う必要は何もない。
 けれども、いったん開いた蓋から読者は逃れられない。そして、都合よく閉じた話はうまくできた夢物語のようにも思えるが、それでも主人公が最後に言うように「この世界には確かなことなんて何ひとつないかもしれない」し、「少くとも何かを信じることができる」のではないだろうか。
 これこそが、メタファーが示したことのような気がする。

 蓋は閉じられたのだ。

 ところで主人公の「とても興味深い」隣人の免色であるが、私にはあのフィッツジェラルドの描いたギャツビーのように思えて仕方がなかったのだが。
  
(2017/05/31 投稿)

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