プレゼント 書評こぼれ話

  私が大学を卒業した
  1979年当時、
  すでにダイエーという小売店は
  飛ぶ鳥を落とす勢いで
  拡大していた。
  それでも
  東京の人にはあまり知られていなかった。
  当時はまだ映画会社の大映があったから
  それと混同する人が多かった。
  それから40年近く経って
  当時と同じように
  ダイエーの名前を知らない人も
  多くなった。
  イオンとかセブンイレブンは知っていても
  ダイエーは知らない。
  ローソンがかつてダイエーの子会社だったなんて
  きっと知らないだろうな。
  今日はPHP研究所の「日本の企業家」シリーズから
  石井淳蔵さんの『中内功』を
  紹介します。
  なお、功という漢字の旁は中内氏の場合正しくは刀です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  もっと語られてもいい                   

 かつて日本の小売業界を席巻し時代の寵児となったダイエー。
 今はかつてのライバルであるイオン傘下に入っているが、そのダイエーを一代で築いた「流通革命の先導者」中内功。(功という漢字の旁は中内氏の場合正しくは刀であるが、ここでは力を使用)
 もし、ダイエーが今でも栄華を誇っていたら中内氏は戦後の名経営者の一人に挙げられただろうが、残念ながらそうはならなかった。
 だからだろうか、中内氏には毀誉褒貶がつきまとう。
 中内氏は成功者だったのだろうか、それとも失敗者だったのだろうか。

 かつて中内氏と争った松下幸之助が創設したPHP研究所がその創設70周年を記念して刊行されている本シリーズは「社会を変革し、歴史を創」って企業家たちの業績を、その評伝と関連する「論考」、そして「人間像に迫る」ための企業家自身のエッセイによって読み解いていく。
 あれほどの争った松下氏のお膝元の出版社から、しかも晩節様々な中傷や評判によって貶められた中内氏が、「日本の企業家」の一人として、正しく評価されることに深い感慨を覚える。

 特に第2部で描かれている、1968年の弟力氏との確執の「論考」は、強引な言い方をすればもしかすると力氏のもとであればダイエーという企業は生き残っていたかもしれないと思わせられる。
 しかし、時代は企業家として功氏を選んだ。ゆえにダイエーは時代の寵児まで昇りつめたともいえる。
 あるいは同じく「論考」で書かれた、三顧の礼で迎えた河島博との関係も、あるいはダイエーが生き残る道を選択できたかもしれない。
 いずれにしても、今となっては、すべてが「もしも」だ。

 中内氏が成功者だったか失敗者だったかは、問う必要はない。
 いえることは、中内功がいたから、戦後の日本は大きく変容したということだ。
  
(2017/06/23 投稿)

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