プレゼント 書評こぼれ話

  PHP研究所の「日本の企業家」シリーズから
  石井淳蔵さんの『中内功』を
  紹介しましたが、
  中内さんが亡くなったのは
  2005年9月19日。
  その年の12月5日東京で「お別れの会」が
  行われた。
  その時挨拶に立った清水信次日本スーパーマーケット協会会長は
  その中でこう述べた一節がある。

    首都東京においては氏を追慕する機会がない。
    本来の母体であるダイエーさんが、産業再生機構の厳しい管理下にあって
    諸事困難な事情にある。


  ダイエーがどのようにして
  産業再生機構の厳しい管理下にはいったかを描いたのが
  今日再録する
  日本経済新聞社編の『ダイエー落城』である。
  昨日につづく今日として
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

ドキュメント ダイエー落城ドキュメント ダイエー落城
(2004/12/07)
日本経済新聞社

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sai.wingpen  For the Customers                   

 2004年の年の瀬も押し迫った12月28日、株式会社産業再生機構は大手流通業株式会社ダイエーへの支援を決定した。
 本書はそれに先立つ数ヶ月前、まだ猛暑の余熱が続く秋の初めの日本で多くの人々の耳目を集めたダイエーの支援要請をめぐる経済ドキュメントである。
 自主再建を模索するダイエー、再生機構による支援によりダイエー向け債権を正常化したい金融機関、不良債権の象徴といえるダイエーを再建することによって構造改革を一挙に進めたい行政機関。
 支援要請に至るまでに何があったのか、実は本書を読んだ後でも、答えは「藪の中」である。

 産業再生機構のホームページにダイエーの支援申込みに至った経緯が記載されている。
 それによると、依然として巨額な債務を抱えながら小売業の抜本的な収益力の回復力に至っていない状況にあって「過剰債務を解消するとともに、事業の見直しを行い事業の再生を図るべく、産業再生機構に支援申込をするに至った」とある。当事者たちの思惑がどうあったにしろ、またそれが官主導のものでも民主導のものであっても、ダイエーという城が「落城」した背景には小売業が立ち直らなかったという「お家事情」がある。

 そのことについて、産業再生機構は四つの窮境原因を挙げている。
 「自社保有方式」「全国展開へのこだわり」「事業多角化・拡大路線」「低価格路線への過度の依存」。
 ダイエーが戦後の日本経済の歴史の中で果たした役割は大きい。
 そして会社が拡大していくうちに、ダイエーは本来小売業が目指すべき道を少しずつ踏みはずしていく。
 それが機構がいう四つの窮境原因に集約されている。
 創業者中内が当初目指したものは顧客の視点に立ったものだった。
 だから、多くの人々は「流通革命」を支持した。だが、顧客のための視点がいつの間にか自分たちの会社の視点にすりかわっていたことにダイエーは気がつかなかった。

 ダイエーのお店に行くと店員たちの胸に名札がついている。
 そこにはダイエーの企業理念である「For the Customers」という言葉がはいっている。
 しかし、顧客のためにとこだわったはずの低価格路線がいつの間にかそれに見合うコスト削減で買い物をするという顧客の心理的満足をそいでいったことに気がつかなかったことにダイエーが「落城」に至る本当の原因があるように思う。
 今後ダイエーという城が再建できるとすれば、ダイエー自身が真の(そしてそれは新にもつながるだろう)「For the Customers」を見つけられた時にちがいない。
  
(2005/01/30 投稿)

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