プレゼント 書評こぼれ話

  私は正岡子規が好きである。
  というか、
  正岡子規のように生きたいと
  すでに正岡子規の人生の倍近くまで生きていながら
  それでも
  正岡子規の生き方を真似ることの難しさに
  圧倒される。

    僕はモーダメニナツテシマツタ、

  有名な夏目漱石に宛てた手紙の一節だが
  それでも一生懸命に生きようとした正岡子規
  せめて何百分の一でもあればと思わないわけではない。
  まだまだだよね、ノボさん。
  最後に正岡子規の俳句から。

    薪をわるいもうと一人冬籠

  「いもうと」はさんである。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  子規のように生きたい                   

 2017年は正岡子規の生誕150年にあたる。
 慶応3年(1867年)生まれではあの夏目漱石も同じで、だから同じ生誕150年であってもどうしても漱石の方が目立ってしまうのだが、さすが岩波新書だけあって、こうして子規関連の本も刊行された。
 著者の復本氏は近代俳論史を専攻しただけあって、すでに子規関連も多数ある。
 もっとも子規の人生は晩年の「病床六尺」の生活のあと、わずか36歳の短い一生であったから、手にあまるような著作も残していない。しかし、その業績といえば、これがわずか36歳のいのちであったかと思えるほどに、繁盛している。

 子規の手紙や『病床六尺』や『墨汁一滴』などの随筆、あるいは「筆まかせ」などの文章から、読者を勇気づけることばを選んで編まれている。
 選ばれたことばは80に及ぶが、「泣 生きているから、弱音をはく」「希 病んでいるから、望みをもつ」といったようにいくつかの単元に分かれている。
 だが、そもそも子規はどういう人物であったのか。
 何故彼が150年も経て、今なお私たちに勇気を与えるのか。

 「はじめに」で復本氏が紹介している「無邪気な人を愛する。謙遜な人を愛する」で始まる佐藤紅緑の言葉がわかりやすい。
 なかに「好んで人の言を容るる」などは強引そうな子規の顔からは想像しがたい、柔軟な性格を持っていたと思わせる。
 今でいえばボスの風格があったのだろう。
 それでいて、愛される可愛さのようなものも持ち合わせていたのだろう。

 子規が「病床六尺」の世界で描いたすべてが「人生のことば」にちがいない。
  
(2017/07/13 投稿)

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