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本 「私の好きな作家たち」の第二回めは、「沢木耕太郎」さんです。

 最新刊『旅する力』もたいへんよく読まれているようです。
 沢木さんを好きだという人、多いのだと思います。

本 私と沢木さんとの出会いは、私が大学生の頃ですから、かなり昔です。
 それから、一度も「もういいや」と思ったことがない、
 私にとっては稀有な作家です。

 きっかけは「深夜放送」でした。
 先の『旅する力』ではTBSラジオの「パック・イン・ミュージック」の小島一慶さんの
 話が出てきますが、私の中の記憶では林美男さんの番組のようでもあり、
 文化放送の「走れ、歌謡曲」のようなでもあるのですが、
 (どちらかといえば後者なのですが)
 どなたかご存知の人がいれば、教えて下さい。

本 最初に読んだのは『敗れざる者たち』。
 まさに新しい書き手の登場にもうしびれましたね。

 とにかく沢木耕太郎さんは、(使い古された言葉ですが)「カッコよかった」です。
 生きるスタイルがスマートでした。

 『テロルの決算』、『一瞬の夏』、『深夜特急』・・・

 どれもこれも題名がいいんですよね。
 本屋さんの店頭の並んでいるだけで、わぁーって思いましたよ。

 たくさんある沢木さんの著作の中で、一番を決めるのは大変ですが、
 私のオススメは、作家の檀一雄さんの生涯を奥様の聞き書きの形にした『』かな。
 この作品が、沢木ノンフィクションの最高峰だと思っているのですが。

 今年新装版として出された文庫本の『テロルの決算』の書評を
 蔵出ししておきます。

 沢木耕太郎さんの魅力が少しでも伝われば、と思います。

テロルの決算 (文春文庫)テロルの決算 (文春文庫)
(2008/11/07)
沢木 耕太郎

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sai.wingpen  未完の六月                     矢印 bk1書評ページへ

  名前を見たり、聞いたりするだけで、どきどきというかそわそわというか、心がときめく書き手が何人かいる。ついネット書店を彷徨い、リアル書店に出かけてしまう、書き手である。
 沢木耕太郎は、私にとって、そんな書き手の一人である。
 沢木が同時期に描いた「1960」をテーマにした三部作(そして、それはいまだに完成しない三部作であるが)のうち、『危機の宰相』と『テロルの決算』が文庫本として今秋同時に刊行された。そのうち『テロルの決算』はすでに文庫本として出版されていたから、今回装丁も一新され、<新装版>ということになる。
 そして、沢木はその《新装版》のための<あとがき>を新たに書き加えている。

 『テロルの決算』自体は1978年に沢木の初めての長編ノンフィクションとして出版されたものである。
 1960年に起きた、当時の社会党委員長であった浅沼稲次郎が十七歳の右翼の少年山口二矢(おとや)に刺殺された事件を描いたもので、単行本の<あとがき>に沢木はこう記し、それはそのまま単行本の帯にも使用された。
 「ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、六十一歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた十七歳のテロリストと、激しく交錯する。その一瞬を描き切ることさえできれば、と私は思った」。
 この時、昭和22年生まれの沢木はまだ二十代の若い書き手であり、作品以上に単行本の<あとがき>には青春の昂揚が感じられる。そして、その作者の昂揚はそのまま二十歳を過ぎたばかりの読み手であった私に熱く伝播した。

 青春期には漫画『あしたのジョー』に代表されるような、燃え尽きたいという思いが強いのかもしれない。
 今ここでこうしている自分ではない、そういうものへの憧れのような思い。若い沢木にもあったし、若い私にもあった。そして、沢木は常にそういう書き手として、私たちに多くの作品を提供してくれたからこそ、今もときめき書き手なのだ。
 本作品が文庫本として収められた1982年時の<あとがき>で、沢木はこう書いた。
 「私の「内部」とやらで、決着がついたものなど実はひとつもありはしなかったのだ。(中略)私は、私自身を検証するためにも、もう一度、この『テロルの決算』を読み返す必要があるのかもしれない」と。
 沢木が三十五歳の時の文章である。

 そして、今回《新装版》として出版された文庫本の<あとがき>に、六十歳になる沢木はこう書いている。
 「私が何人かの夭逝者に心を動かされていたのは、必ずしも彼らが「若くして死んだ」からではなく、彼らが「完璧な瞬間」を味わったことがあるからだったのでないか。(中略)私の内部には、依然として「完璧な瞬間」の幻を追い求める衝動が蠢いているような気がする」
 六十歳になった沢木耕太郎にとって、「1960」をテーマにした最後の作品『未完の六月』が多分永遠にやって来ない六月であるように、沢木の中ではまだ終わりきらないものがある。
 そして、それは読み手である私にもある。もしかすれば、その「時」などけっして訪れないのかもしれないが、それを求めようとする沢木に、やはり読み手としてこれからもつきあっていきたい。
 いずれくる、六月を信じて
  
(2008/11/12 投稿)

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