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プレゼント 書評こぼれ話

  茨木のり子のなにげない表情が好きだ。
  例えば、今日紹介する
  平凡社コロナブックスの一冊
  『茨木のり子の献立帖』の
  表紙にあるような。
  私の母は茨木のり子と同い年であったが
  茨木のり子のように
  詩を書くわけでもなく
  献立帖を残すわけでもなく
  働きながら
  それでも夫や子供のために
  料理を作ってくれた。
  その点、やはり茨木のり子
  とてもセンスのいい奥さんであったような気がする。
  同じ時代に生きても
  やはり詩人はどことなく
  ちがうものなのだろう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  稲妻のような真実                   

 霞を食べて生きるのは仙人であって、詩人ではない。
 もとより詩人だって人間であるから大根をかじり焼き魚をほじくり、スープをすする。いやいや、食するだけではない。
 詩人だって台所に立って、今夜の晩御飯のメニューに頭を悩ます。お買い物に出て旬のものに心を動かす。ましてや愛する人のためならば。
 詩人茨木のり子は昭和24年に23歳で結婚した。相手は鶴岡出身の医師三浦安信。茨木は彼のことを日記で「Y」と呼んだ。
 茨木の遺品を見ると、それは彼女の性格なのか、こまめに日記や自身が書いた記事などのスクラップが残されている。
 そのなかにはメモやノートに残された色々なレシピもある。

 この本では茨木の手書きのそんなレシピが写真図版で紹介されていて、多分そのレシピで作ったのであろう料理の写真まで収められている。
 例えば、ちぢみ、例えば、茶碗蒸し、例えば、チーズケーキ。
 茨木の使っていた台所の図面やそこに残されていた食器や冷蔵庫の写真を見れば、そこに立って料理をしている茨木の姿がすっと立ち上がってくるような気がする。
 きっとそんな茨木を女性の読者ならもっと身近なものに感じるだろう。
 女性に愛された詩人は、当たり前のように日常で料理し、愛する夫と食卓を囲った。
 
 しかし、そんな幸福な時間も長くはなかった。
 1975年、茨木が49歳の時、夫三浦安信は亡くなる。
 茨木はそのあと79歳で亡くなるまでの時間を自分のために作りつづけることになる。
 詩人が残した「歳月」という詩のおわりにこうある。
 「稲妻のような真実を/抱きしめて生き抜いている人もいますもの」。
 それこそ茨木のり子だったにちがいない。
  
(2017/09/02 投稿)

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