FC2ブログ
プレゼント 書評こぼれ話

  最近本棚を眺めつつ
  果たして自分はこれらの本を
  再読することがあるのだろうかと
  嘆息する。
  今日紹介する
  林望さんの『役に立たない読書』に
  こんな一節がありました。

    書棚には人生が凝縮している。
    (略)
    折に触れて本棚を見直すことは、
    自分を見つめ直す良い契機ともなるのです。


  私なんて
  毎日のように「自分を見つめ直」していることに
  なりそう。
  なんとかしないと。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  リンボウ先生の「読書について」                   

 ショウペンハウエルの『読書について』という本にこうある。
 「読書は、他人にものを考えてもらうことである。(略)だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。(略)読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない」と。
 読書好きにとっては何とも耳のいたい文章だ。
 そして、この本。作家で国文学者でリンボウ先生と親しまれている著者の読書論のタイトルが「役に立たない読書」というのも、痛烈だ。
 ただショウペンハウエルもリンボウ先生も、読書をするなと云っているわけではない。
 リンボウ先生の言を借りれば、「内的な契機のない読書には意味はない」ということだ。
 さらに、リンボウ先生は「読書量と人格はなんら関係がない」と云う。要は、「一冊の本をいかに深く味わい、そこから何を汲みとり自らの栄養にしたか」だと。

 この本の前半部分はこのような読書に関してのご意見鋭く、読んでいて小気味いいぐらい。
 ただ中盤あたりから、ご自身の職業的な話と関係して、古書とのつきあいとか古典の話になって、中だるみ(自分には合わない箇所なのでしょう)ですが、最後の章「書物はどこへ行くのか」となれば、さすがにリンボウ先生、本の特長をよくご存じで、興味が蘇る。
 リンボウ先生は、紙の本を内容だけでなく全体の装幀や紙質といった「オブジェクトとしての書物の形」を私たちは愛してきた経緯があるとみている。
 確かに、新刊を買ってその手触りを愛で、匂いをかぐなんてことは電子書籍にはできまい。
 本を愛するリンボウ先生ならではの、読書論である。
  
(2017/09/27 投稿)

  芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
Secret

TrackBackURL
→http://hontasu.blog49.fc2.com/tb.php/3343-3e72d743