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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昨日のつづきのような、
  実際には昨日紹介した『炎情』よりも先に書かれた、
  工藤美代子さんの『快楽(けらく)』という、
  熟年世代の性を扱った、ノンフィクションの蔵出し書評です。
  昨日も書きましたが、
  私は男女とはまったく別のもの、
  と思っています。
  だから、わかりあえることは実際には難しい。
  でも、理解ならできるかもしれない。
  そう思っています。
  たまたま私もシニアと呼ばれる年齢に近づいていますから、
  この『快楽』、あるいはつづく『炎情』の問題は、
  まったく人ごとではなくなっています。
  更年期に近づく女性たちのことをどこまで
  理解できるか。
  彼女たちの悩みをわかることはなくとも、
  少なくとも理解だけはできうるような
  人でありたいとは思います。
  もちろん、若い女性のことも
  わかりたいと思っていますが。

快楽―更年期からの性を生きる快楽―更年期からの性を生きる
(2006/03)
工藤 美代子

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sai.wingpen  あなたのことがわからない            矢印 bk1書評ページへ

 月刊誌『婦人公論』に掲載されて好評だった、工藤美代子の女性の性についてのレポートである。
 性といってもここに登場するのは更年期を迎えた女性の性と、今まであまり語られることのなかった領域である。
 性(あるいはセックスという男女間の交わりをさす行為という表現をした場合)そのものがやはり他人の目にふれるにはあからさますぎるということもあるだろうし、対象が齢を重ねた女性ともなればさらに語られることが少なくなる。
 そもそも更年期という言葉のとらえかたが曖昧ということもあるが、仮に老年といわれる齢の入り口を総称するとすれば、更年期からの性とは老年期の性であり、やはりある意味目をそらせてしまいがちな話でもある。

 子供にとって性は未知の領域であり、それゆえに興味の的になることはままある。それならば、老齢期の男女にとっての性は通り過ぎてきた道ゆえの未練の対象ともいえる。
 夢が過度になりすぎるように、思い出も積もり葉のように深い。いや、思い出になどしたくないという思いがあるからこそ未練が深くなる。高齢化社会に突入したこの国の男女の悲痛な叫びは、子供の性の問題以上に深刻かもしれない。

 今回工藤の取材は医療関係の取材を除くと、彼女の友人であったり知人であったりと書き手と近い場所にいる更年期の女性たちが多い。それが作品の奥行きを狭めているという見方もできるだろう。しかし、それほどまでに更年期の性の取材が難しいものであることもよくわかる。
 女性たちに「あなたの性はもう終わりましたか」という問いは悲しすぎる。いつまでも心ときめきたいと多くの女性は思うだろう。そのときめきには性のことも含まれているに違いない。
 では、男性はどうなのか。多くの性が男性を主体としたものであってもやはり女性同様に老齢期のそれは語られることは少ない。女性に性交痛の問題があるように、男性にとっては勃起不全の問題が残る。

 男は女の何をわかるというのだろうか。
 女は男の何を理解できるというのだろうか。
 更年期以降の問題だけでなく、幾つの年令であっても、男と女は互いにパートナーである異性のことがわからないのだ。そして、もしかしたら老齢期の向かう自分自身のことさえわからないのかもしれない。
  
(2007/01/31 投稿)

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