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プレゼント 書評こぼれ話

  今日から5月
  その最初の日はメーデー

    ねむき子を負ひメーデーの後尾ゆく       佐藤 鬼房

  この俳句のような
  光景も
  情感も
  最近ではめっきりなくなった感があります。
  時代の移ろいでしょうか。
  今年没後20年を迎えた
  須賀敦子さんですが
  時代の移ろいを感じさせない
  作家です。
  最近出たばかりの
  須賀敦子詩集
  『主よ一羽の鳩のために』を
  今日は紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  その人は詩人の心を持って生きていた                   

 その人の肩書を見ると、文筆家、翻訳家、イタリア文学研究者と多岐に活躍していたことがわかる。
 その人、今年没後20年を迎えた須賀敦子さんは、1991年に『ミラノ霧の風景』で講談社エッセイ賞や女流文学賞を受賞しているから文筆家であることは確かだし、多くの翻訳書も出版しているから翻訳家といっても間違いない。その翻訳の根本にはイタリア語が堪能であったことや大学で学生たちに教鞭をとっていたことがある程の研究者であったのも事実だ。
 そんな須賀さんに、これ以上何ほどの肩書が必要であろうか。

 没後20年に際して見つかった須賀の30歳の時に書き溜めたと思われる詩篇の数々。
 この本に収められた詩は1959年1月から12月に書かれたもので、巻末の池澤夏樹氏の解説によればこの年、須賀さんは「だいたいローマで勉強と友人たちとの行き来に明け暮れ」、「満ち足りた喜びの多い日々だったろうと想像される」とある。
 しかし、ここに収められた詩から感じるのは「満ち足りた喜び」ではない。
 むしろ、深い哀しみを包含したような、神への敬虔な祈りのようなものだ。
 この本の巻頭には、須賀さんの手によるそれらの詩のいくつかが図版として掲載されているが、その筆の運びの柔らかなことか。
 これは一読者の想像ではあるが、ローマという異国にあって、須賀さんは確かな土を踏んでいたのではなく、なんとも心細い思いもまたあったのではないだろうか。

 いずれにしても、こうして須賀さんの肩書に「詩人」とつけられることにもなるのだろうが、もともと須賀さんは詩人の心を持ったひとであったと、誰もが感じていることでもある。
  
(2018/05/01 投稿)

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