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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  今年2月亡くなった俳人金子兜太さんの言葉を集めた
  『金子兜太のことば』という本を
  紹介します。
  この本の編著は
  石寒太さん。
  石寒太さんは1943年生まれで、
  金子兜太さんよりうんと若いですが
  俳句の師匠が加藤楸邨と同じで
  そういうことでは兄弟弟子になるのでしょうか。
  近くでいたからこそ
  聞けた言葉もあるでしょうし、
  その点では
  石寒太さん自身が教えられることも
  多かったのではないかと
  思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  兜太という人間の言葉、だから生き生きしている                   

 今年(2018年)2月20日、98歳で亡くなった金子兜太は、埼玉と縁が深い。
 生まれたのが埼玉県小川町だし、その後皆野町で育つ。
 その頃のことを詠んだ句が「曼珠沙華どれも腹出し秩父の子」。
 戦争が終わって復員後住んだのが、浦和。
 その後日本銀行の行員として各地を転々としている。その頃の句、「銀行員ら朝より蛍光す烏賊のごとく」。
 48歳の時、熊谷で家を持つ。もちろん埼玉である。
 晩年には熊谷市の名誉市民にもなっている。

 そんな金子兜太がさまざまなところで発した言葉を5つの単元で編纂したのが本書である。
 5つとは、「産土(うぶすな)へ」で故郷や家族のこと、「戦争、そして平和」では戦争体験のこと、「俳句のために生まれてきた」では自身と俳句との関わりを、「兜太の日常」では自身の嗜好とか生活の様子を、そして「人間の存在といのち」では金子兜太の思想を、いずれもそれに関係した言葉と、編者の石寒太氏のコメントで構成されている。
 ちなみに「兜太(とうた)」は俳号のようだが、本名だそうだ。

 特に戦争体験のことは、金子兜太が送られた戦地トラック島のさまが悲惨だっただけにその言葉も厳しいし、その体験があればこそ、金子兜太という俳人の核ができあがったような気もする。
 「自分の俳句が、平和のために、より良き明日のためにあることを、心から願う」、それが俳人金子兜太の終生揺るがなかった思いでもある。
 そんな金子兜太が「白寿」と記した句、「東西南北若々しき平和あれよかし」というのも、心にひびく。
  
(2018/07/06 投稿)

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