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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日、「私の好きな作家たち」で
  川上弘美さんのことを書きましたが、
  そのなかで『真鶴』のことに少しふれました。
  その『真鶴』が、今月の文春文庫の新刊の一冊として、
  本屋さんの店頭に並んでいます。
  いやぁ、めでたいことであります。
  いい作品がこうして廉価な文庫本になるのはいいことです。
  そこで、今日は単行本刊行当時に書いた、
  書評の蔵出しです。
  表紙の装丁も好きです。
  しかも単行本では、函でもないんですが、
  函みたいなものでカバーがかかっていて、
  それはそれは素敵な装丁なんですよね。
  川上弘美さんの代表作といえば、
  多くの人が『センセイの鞄』というでしょうが、
  私はこの『真鶴』も好き。
  ぜひ、文庫本でもいいですから、
  読んでみてください。
  秋の日に、静かに。ゆっくりと。
  きっと、「雨だれ」のようにあなたの心にしみこんできます。

真鶴真鶴
(2006/10)
川上 弘美

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sai.wingpen  雨だれ                     矢印 bk1書評ページへ

  もう何年も雨だれの音を聴いていない。
 雨のなか、軒下から雫れる、静かなおと。てん、てん、ててん。あるいは、とん、と、ととんん。
 今は町の喧騒に消されているのだろうか。なにか大事な音を奪って、私たちは生きているのだろうか。切ないもの、願うもの、ふりかえるもの、そんな壊れそうな大切なものを私たちは忘れているのだろうか。川上弘美の「真鶴」はそんなことを考えさせてくれる、愛の物語だ。

 雨だれの音を連想したのは、作品につらぬかれている文体のせいだ。
 てん、てん、ててん。
 開いた頁に書かれた文章。「一緒にいても、たりないの。一緒にいても、せつないの」(222頁)。そんな雨だれの区切るような音の文体が、あまりにも切なく、忘れていた恋の感情を思い出させてくれる。ちょうど雨だれの音がそうだったと思い出すぐらいに。
 主人公は中年の女性文筆家。彼女には母と思春期を迎える娘がいる。夫は十数年前に理由もなく失踪した。その間彼女は妻子のある男性にひかれているのだが、いなくなった夫のことを忘れきれないでいる。どうして夫はいなくなったのか。未練が雨だれのように彼女の心を打ち続ける。

 書名の「真鶴」はそんな夫が残した日記に残された記号。そして、彼女はそれに魅かれるようにして真鶴へと向かう。
 彼女はひとりではない。「ついてくるもの」として書かれた女霊が主人公とからんでいく。そのことに違和感はない。
 過去の作品で何度も川上弘美は異界を描いてきた。この作品でも、潮がゆるやかに満ちるように主人公は女霊と会話している。もしかすると、川上がいくつかの作品で描いてきた異界とは女性特有の、月の性の周期かもしれないと漠として思う。その時、女性たちは男たちが理解できない異界にいるのだろうか。書き手である川上が異界にさまようから、描く女性たちも異界に近づく。それはあまりに大胆な発想だろうか。
 「遠いいつか、あなたとも、会えるのね」(266頁)。そうつぶやく主人公はやがて女という性(さが)を終えようとしている。
 異界を抜け出た母と、いま異界を抜け出ようとする彼女、そしてそれを受け継ぐものとしての娘を描くことで、男たちが知ることのない女性の世界が重層に描かれている。そして、それに寄り添う形で男と女の恋の物語が濃厚に薫りたつ。

 てん、てん、ててん。
 雨だれの音はどうしてあんなにも澄んでいたのだろう。まわりの音をすべて凝縮して、雨だれは空が明るむまで続いたものだ。
 川上が描いた長編小説は、そんな忘れていた雨だれのような恋の物語だ。ひざをかかえて静かに聴いている。
  
(2006/11/18 投稿)

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