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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  二十四節気のひとつ、白露
  秋が近づいてきた感じがします。

     姿見に一樹映りて白露かな     古賀 まり子

  この句の「姿見」というのがいいですね。
  女性にとって「姿見」に映るおのが姿は
  まさに自身のいきざまのようかもしれません。
  今日は津村節子さんのエッセイ集
  『明日への一歩』を
  紹介します。
  津村節子さんのここしばらくのエッセイには
  亡くなった夫・吉村昭さんとの思い出が
  しばしば描かれていて
  読むたびに感銘を受けます。
  津村節子さんも「姿見」が似合う作家です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  津村節子さんはエッセイの妙手でもあります                   

 随筆とエッセイの違いは結構難しい。同じという人もいるぐらいだし。
 一説によれば、随筆は「本当にあった出来事の見聞や感想を自由に描いたもの」で、エッセイは「出来事の描写ではなく、書き手のパーソナルな心の様子を描いたもの」だという。
 これだと全く違うジャンルのような感じがする。

 津村節子さんのこの本の場合はどうだろう。
 出版社の広告文をみると、先に出版された『夫婦の散歩道』には「エッセイ」と入っているが、この本には「感動の41篇」とあるが、「随筆」とか「エッセイ」とかという表記はない。ただ津村さんの手による「あとがき」には「エッセイ」を匂わせる表現はある。
 しかし、やはりこの本に収められている文章の多くは「随筆」のような気がする。
 津村さんがきちんと保管されている夫である吉村昭さんからの手紙から当時のことを思い出す文章の、静かでしっとりとした感じは「随筆」と漢字表記する方が似合っている。

 津村さんは自分や吉村昭は「夫婦ともども文筆で身を立てるまでに十五年間もかかった」と、この本に収められているいくつかの文章に書いている。
 昔は文学賞の数も少なく、現代のように受賞すれば作家への道が開けることもなく、同人雑誌に必死になって書いていたという。そして、文芸誌の編集者の目にとまって、やがて一人立ちしていく。
 津村さんには今更ながらに夫婦そろってそうやってよく作家として生きてきたという思いがあるのであろう。

 吉村昭が亡くなって十年以上経つが、津村さんの文章を読むと、吉村を想う気持ちに変わりはない。
 美しい夫婦で、今もある。
  
(2018/09/08 投稿)

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