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プレゼント 書評こぼれ話

  いよいよ昨日、
  10月1日から
  第99作めとなるNHK朝ドラまんぷく」が
  始まりました。
  前回の北川悦吏子さん脚本の「半分、青い。」は
  ちょっと朝ドラというイメージから
  遠かった分、
  後半しんどかったですが
  今回はチキンラーメンを作った
  安藤百福さんとその奥さん仁子さんをモデルにしているので
  面白そうです。
  しかも主演が
  今のっている安藤サクラさん。
  朝ドラ主演で30歳台しかも子供がいる女優さんというのは
  初めてらしいです。
  これから半年間、楽しみしています。
  そこで今日は
  モデルとなった安藤百福さんの「私の履歴書
  『魔法のラーメン発明物語』を
  再録書評で紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人生に遅すぎるということはない                   

  世界で初めてとなるインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売されたのは、1958年8月25日。
 袋から取り出して、丼にラーメンをいれ、お湯をかける。そのあと、ふたをかぶせて、待つこと2分。
 おいしくて、栄養もある、それは画期的なラーメンだった。
 とはいうものの、実際には全国シェアを獲得するには時間がかかった印象がある。
 関西生まれの私が大学進学とともに東京に出てきたのは1973年頃だが、その当時東京では「チキンラーメン」の姿はあまり見かけなかった。
 関東生まれの袋めんがたくさんあったからだ。
 仕方なく、大阪の実家から「チキンラーメン」を送ってもらった記憶がある。
 今でも袋めんでは「チキンラーメン」が一番おいしいと思っている。
 そんな「チキンラーメン」を独力で作ったのが、安藤百福。
 本書は、2001年に日本経済新聞に連載された「私の履歴書」と、麺のルーツを訪ね歩いた「麺ロードを行く」の2部構成となっている。

 安藤はこの「履歴書」の中でこう綴っている。
 「即席めんの開発に成功した時、私は四十八歳になっていた。遅い出発とよく言われるが、人生に遅すぎるということはない。五十歳でも六十歳からでも新しい出発はある」。
 安藤が「私の履歴書」の執筆を引き受けたのは92歳の時。度重なるオファーはあったようだが、安藤は最初断り続ける。
 もし、安藤が短命であれば、「魔法のラーメン」開発に至るまでの裏話を読むことはできなかったはず。
 92歳になってペンを手にした安藤はやはりこう呟いたかもしれない。
 「人生に遅すぎるということはない」と。

 安藤が成し遂げたことはベンチャー企業としての奔りだろう。
 しかし、私には安藤のすごさは、「人生に遅すぎるということはない」と言い切った思いの方ではないかと思える。
 特に高齢化が進んだ安藤亡きあと(安藤は2007年1月、96歳で死去)のこの国にあって、安藤の残した言葉の意味はさらに重みを持つものになったような気がする。
 安藤の作った「チキンラーメン」で育った私も、もう60歳。
 安藤なら「六十歳からでも新しい出発はある」というだろう。
  
(2015/05/15 投稿)

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