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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介した
  末盛千枝子さんの
  『小さな幸せをひとつひとつ数える』という本には
  32冊の絵本や児童書が紹介されていて
  そのうちの何冊かは
  私も読んでいましたが
  ほとんど未読の作品で
  これからゆっくり読んでいきたいと
  思っています。
  読んだ本のひとつを
  今日は再録書評で紹介します。
  それが谷川俊太郎さん文、
  長新太さん絵の
  『わたし』。
  私は2010年11月に読んでいます。
  末盛千枝子さんはこの絵本の紹介文で

    よく出来た絵本ならば、本当に小さな子どものための本でも、  
    大人も十分に楽しむことが出来るはずだと思っています。


  という文章をいれています。
  この絵本はそんな一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  おとなの「わたし」が考えたこと                   

 第77回芥川賞(1977年)は三田誠広さんの『僕って何?』でしたが、これほどシンプルでこれほど誰もが問いかけたい言葉であったのに、とても新鮮な感じをうけたことを覚えています。こういうことは案外口にし難いものなのかもしれません。
 でも、きっとあの小説を読んだ人はやはり自分って何だろう、みたいなことを思って読んだのではないかと思います。

 谷川俊太郎さんの『わたし』という絵本にもそんな『僕って何?』的な気分があります。
 ピンクのTシャツに短いスカートをはいた女の子(長新太さんの絵がほのぼのとしてかわいいのです)は「やまぐちみちこ 5さい」の「わたし」です。「わたし」というのは一人称ですが、そんな「わたし」はほかの人からどう見られているのでしょう。
 おとうさんやおかあさんからみると「むすめの みちこ」です。でも、先生からみると「せいと」だし、おまわりさんからみると「まいご?」になってしまいます。「わたし」は「わたし」なのにどうしてでしょう。

 「やまぐちみちこ」は「わたし」なんだけど、その「やまぐちみちこ」って、見る人によって、いろいろな呼ばれ方をします。もしかしたら、「わたし」は「やまぐちみちこ」なんだけど、本当は「やまぐちみちこ」を超えた人格をもっているのかもしれません。
 だったら、「わたし」って何だろう?
 「わたし」は「わたし」で変わらないはずなのに、見る人はいろんな「やまぐちみちこ」を、それは時には名前もないただの女の子だったりする、「わたし」のなかに発見してくれる。
 だとしたら、「わたし」ってたったひとつではなく、たくさんの集まりなのかもしれません。それをひとつに限定してしまうことの方が本当はいけないことのような気がします。

 そんなことをおとなの私が考えました。
  
(2010/11/14 投稿)

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