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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日、谷川俊太郎さんの
  『バウムクーヘン』という詩集を紹介しました。
  バウムクーヘン、つまり年輪。
  今日はそんな年輪のような一冊
  末盛千枝子さんの
  『「私」を受け容れて生きる』を紹介します。
  末盛千枝子さんの名前は
  あの高村光太郎が名付け親だということですが
  高村光太郎といえば
  「道程」という有名な詩があります。

    僕の前に道はない
    僕の後ろに道は出来る


  末盛千枝子さんの半生もまた
  そんな「道程」だったような気がします。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人生の年輪のような一冊                   

 新潮社のPR誌「波」に2014年4月から2015年12月まで連載され、2016年春に単行本として刊行された本だが、私はこの本のことも末盛千枝子という人のこともその当時全く知らなかった。
 末盛さんの名前を知るようになったのは、日本経済新聞で平成を振り返る企画記事があって、その中で美智子皇后のくだりで後に末盛さんが美智子皇后の講演をまとめた『橋をかける』の話があったことだ。
 このあと『橋をかける』を読み、しばらくして書店で末盛さんの新しい本『小さな幸せをひとつひとつ数える』に出会い、さらに末盛さんはどういう人だろうという興味を増していった。
 そんな末盛さんに自身の半生を綴った本があることがわかった。
 それが、この本だ。

 末盛千枝子さんは1941年、彫刻家の舟越保武を父に生まれた。
 その時父はあの高村光太郎に娘の名前をつけてもらえないかと頼む。ほとんど交流もないのに。しかし、高村光太郎はその願いを受け、その女の子に「千枝子」という名前をつけた。
 ちえこ、といえば、高村の妻は「智恵子」であった。
 誕生と命名、その時点で末盛さんには何か運命の大きな手がふれたようであるが、大学を卒業し、出版社に勤務、そのことが縁になって国際児童図書評議会(IBBY)と関係をもち、その時知り合った先輩たちから美智子皇后への縁とつながっていく。
 一方、末盛さんは長男が難病をもち、夫であったNHKプロデューサーを若くして亡くすことになる。その後、再婚した夫も2013年に亡くなる。
 それでも、末盛さんには生きる強い力があったのだろう。

 この本の最後に、こんな文章がある。
 「幸せとは自分の運命を受け容れることから始まるのではないだろうか」。
 つまり、「自分の運命」とは「私」にほかならない。
  
(2018/11/21 投稿)

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