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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は二十四節気のひとつ、
  小雪(しょうせつ)

     小雪といふ野のかげり田のひかり     市村 究一郎

  そろそろ雪が降り出す頃ですが
  まさに今が紅葉のピーク。
  いつもこの季節になると
  読みたくなる作品があります。
  それが今日紹介する
  宮本輝さんの『錦繍』。
  30代から40代にかけて
  毎年読んでいたのではないでしょうか。
  今回本当に久しぶりに
  再読しました。
  今回の書評タイトルは
  物語の中にでてくる印象的な言葉ですが
  これだけはいつまでも覚えていました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれない                   

 今では文壇の長老の気分さえある宮本輝の、この作品は初期に書かれた作品ながら、宮本輝文学の世界観が凝縮されているような気がする。
 それにどうしてだろう、この作品の柔らかでしっとりした印象は、初めて読んで以来何度も読み返していても変わらない。
 いつも懐かしいひとと再会した気分になる。
 会いたかった、と。

 何よりもそれはこの作品のタイトルの良さだろう。
 「錦繍」。たった二文字ながら、そこに織りなされているのが単に紅葉黄葉の織りなす景色だけでなく、生と死、善と悪、過去と未来、そんなさまざまなものの織りなす世界を喚起させてくれる。
 そして、この書き出し。
 「蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした」。
 何度この書き出しを求めて、本を開いたことだろう。
 この書き出しから始まる最初の手紙。ここから物語は別れた妻と夫の、あまりにも切なく辛い手紙のやりとりで進められていく。
 いわゆる書簡体文学になるこの作品は、書かれた昭和57年(1982年)だからこそ成立したともいえる。

 やりとりされる書簡で、読者はこの二人が何故別れることになったかを知る。
 そして、離婚ののち再会(といってもわずかばかりのすれ違いに近い時間)するまでの日々を、さらにはそれらを通じて人の運命を考えざるをえない。
 この作品に登場するすべての男女が悲しみをひめているような気がしてならない。
 もしかしたら、生きるものすべてが悲しみを包むようにして生きているのかもしれない。
  
(2018/11/22 投稿)

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