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プレゼント 書評こぼれ話

  先日(10.22)の朝日新聞夕刊に、
  詩人の長田弘さんが、「悦ばしい読書-自分の時間で読み継ぐ」という
  文章を寄稿されていました。
  少し内容を紹介しますね。
  冒頭こうあります。

    読書というのは、本を最初から最後まで読むこと、しっかり読みとおすこと、
    読み切ること、読みぬくこと、読み解くこと、なのだろうか。
    そうではない、と思う。

  長田弘さんは、「読みとおすのではなく、読みさす。読み切るのではなく、読み余す。
  読みぬくのではなく、読み継ぐ。読み解くのではなく、読みとどめる
」ことが
  大切だと書いています。
  ここでことわっておく方がいいですが、
  長田弘さんが言っているのは、
  ビジネス本などの重要なところしか読まないという読書法のことでは
  ありません。
  そして、

    いつの世にも読書というのは、その人の人生のスタイルのことなのである。

  と書いています。
  最後には、黒田清輝の『読書』という絵画のことにもふれています。
  そういう長田弘さんの文章に誘われて、
  今日は長田弘さんの『幸いなるかな本を読む人』という詩集の蔵出しです。
  この本は、私の書評詩のモデルとなった本なんです。
  興味のある方は、ぜひ手にとってみてください。

幸いなるかな本を読む人 詩集幸いなるかな本を読む人 詩集
(2008/07/25)
長田 弘

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sai.wingpen  秋になると本がおいしくなります                矢印 bk1書評ページへ

 本好きにはたまらない素敵なタイトルの、書名というのでもなく題名というのでもない、詩集a collection of poemsである。
 
 ここには、詩人長田弘が書いた、二十五冊の本に誘(いざな)われた二十五篇の詩が収められている。それは書評でも、感想でもない。どこまでいっても独立した詩なのだ。それは季節のありようにふれること、人の思いに揺さぶられること、事物の確たることに導かれること、と同じ、詩の成り立ちである。
 詩poemとはなにか。それは詩人の心の表象だし、我々の心を代理するものだ。

 詩人poetは書く。「わたしが本について、ではなく、わたしが本によって語られているという、どこまでも透きとおってゆくような感覚だった」(109頁「あとがき」)と。

 ここには本たちが背景、あるいは空気のようにといいかえたほうがいいような、のようにあるだけだ。
 この詩集は、詩の背景となった本たちの名前が註として記載されているが、まずは二十五篇の詩を味わってみることをお勧めしたい。そのうえで、詩人がどんな書物でこれらの言葉を紡いでいったのかを、もう一度、味わう。深く味わう。
 このように書いてみると、詩とは、ごく自然に繰り返している呼吸のように思えてくる。

 詩人poetは書く。「読書とは正解をもとめることとはちがうと思う。わたしはこう読んだというよりほかないのが、読書という自由だ」(108頁「あとがき」)と。

 言葉wordsを縦糸に、イメージimageを横糸にして織られた自由という刺繍。一冊の本が私たちにくれる、何にも囚われることのない自由。この詩集はそういう読書の本来の在り方を再認識させてくれる。

 読書の秋にふさわしいタイトルtの、詩集a collection of poemsである。
  
(2008/11/01 投稿)

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