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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日
  吉村昭さんの初期の短編を集めた
  『少女架刑 自選初期短編集Ⅰ』を
  紹介しましたので、
  今日は
  吉村昭さんの最後となった
  短編集『死顔』を
  再録書評で書き留めておきます。
  デビュー前の最初の作品のタイトルが「死体」、
  そして、最後の作品のタイトルが「死顔」。
  吉村昭さんが
  いかに「死」ということを
  深くじっと見つめた作家であるか
  これは偶然でしょうが
  読者にはそう思えてなりません。
  吉村昭さんは
  本当にいい作家です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  悲しみの刻                   

  2006年に亡くなった吉村昭さんの遺作短編集です。
 最後の遺作となった作品が『死顔』というのも不思議な予感のものを感じますが、この作品は吉村さんの次兄の死を題材にしたもので、同じ題材を扱った『二人』という短編もこの短編集に収められています。

 特に『死顔』は癌で入院していた病床で何度も推敲していた作品で、そのあたりの事情と吉村さんの死の直前の様子を綴った夫人で作家の津村節子さんがつづった「遺作について」もこの文庫版に併録されています。
 その文章の中で津村さんは「遺作となった「死顔」に添える原稿だけは、書かねばならなかった」と綴っています。その理由はその短文全体で推しはかるしかありませんが、この作品そのものが吉村さんの死とつながっているといった思いが夫人にはあったのでしょう。
 それにしても自身の死の予感にふれながら、吉村さんはどんな心境で兄の死と自身の死生観を描いた『死顔』と向き合っていたのか。そのことを思うと、作家というのも残酷な職業だといえます。

 吉村さんの死生観と書きましたが、『死顔』の中で吉村さんは死についてこう書いています。
 「死は安息の刻であり、それを少しも乱されたくない」と。だから、死顔も見られたくないと。
 その死生観そのままに、吉村さんは次兄の死の知らせのあと、「行かなくてもいいのか」と訊ねる妻の言葉に「行っても仕様がない」とすぐさま駆けつけようとしません。
 その姿を冷たいというのは簡単ですが、吉村さんにとってその刻は次兄の家族たちのみが持つ「悲しみの刻」であり、いくら弟とはいえ自分が行けばそれが乱れると思ったにちがいありません。
 次兄の死を描きながら、そしてそれを推敲しながら、吉村さんは自身の死を思ったことでしょう。そして、妻や子供たちの「悲しみの刻」にも思いを馳せたのではないでしょうか。それでも何度もなんども推敲する。それこそ、吉村昭という作家の強さだと思います。

 吉村さんはかつて最愛の弟の死を描いた『冷い夏、熱い夏』という作品を残しています。吉村さんの数多い作品の中でも名作と呼んでいいでしょう。そして、最後の作品が次兄の死を描いた『死顔』。
 吉村さんの悲しみを想わざるをえません。
  
(2011/09/26 投稿)

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