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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  沢木耕太郎さんの最新エッセイ集
  『銀河を渡る』を紹介するのですが
  その中に
  「キャラヴァンは進む」というエッセイがあって
  その書き出しにとても興味を持ちました。
  それはある時
  沢木耕太郎さんが年長の作家にこう訊ねられたところから
  始まります。

   もし家の本を処分しないといけない時、
   すでに読んだ本と
   いつか読もうと買ったままの本の
   どちらを残す?

  若い沢木耕太郎さんは「読んでいない本」を選んだそうですが
  年長の作家は
  「大事なのは読んだ本」と答えたそうです。
  そして、沢木耕太郎さんも齢をとるうちに
  こう思うようになったといいます。

   大事なのは読んだことのない本ではなく、読んだ本なのだ。

  このことはとても深く考えさせます。
  私ももうそう思える年齢なのかもしれません。
  自分にとっても「大事」を
  見つめないといけない。
  そんなことを
  沢木耕太郎さんのエッセイが教えてくれているような気がしました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  やっぱり沢木耕太郎はカッコいい                   

 この本のどのエッセイから読み始めたとしても、実際私は「歩く」「見る」「書く」「暮らす」「別れる」という五部編成となっている最後の「別れる」の章「深い海の底から」から読み始めた、すぐさま沢木耕太郎の世界にはいっていることに気づく。
 そして、こう思うだろう。
 やっぱり沢木耕太郎ってカッコいいな。

 このエッセイ集は「全エッセイ」という紛らわしいサブタイトルがついているが、決して沢木のすべてのエッセイをまとめたものではない。
 沢木にはすでに『路上の視野』と『象が空を』という2冊のエッセイ集がある。今回のエッセイ集は2冊めとして刊行された『象が空を』のあと発表されたエッセイをまとめたもので、その期間が25年にもなるという。
 25年の間に沢木は『檀』や『無名』といったノンフィクションだけでなく、小説家としていくつかの作品を書き上げている。
 あるいはシドニーやアテネのオリンピック取材など、初期の頃のスポーツ関連のエッセイも数多く書いている。

 それでも沢木は颯爽と私たちの前に現れた『敗れざる者たち』の時のまま変わっていないようにも思える。
 それは何故か、このエッセイを読みながら随分考えたが、それは沢木の文体にあるのかもしれない。
 彼はいつも兄貴然としながら杯をあけ、時には弟風に落ち込んでみせもする。友人のような顔をしながら、先輩のように少し背伸びもしてくれる。
 いつも顔を突き合わせる、そんな文体を沢木は若いうちから手に入れ、それは今に至るまで変わらないということだろう。

 いつもながら、何とも心地よい、沢木耕太郎の世界だった。
  
(2018/12/19 投稿)

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