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プレゼント 書評こぼれ話

  新元号「令和」が発表されて間もなく、
  今度は新紙幣のデザインは発表され
  話題となりました。
  1万円札には明治の実業家渋沢栄一が選ばれたので
  その人生をたどるべく
  城山三郎の名作『雄気堂々』を
  読んでみました。
  まずはその上巻
  渋沢栄一という人物については
  ある程度のことは知っていましたが
  結構あぶない若者でもあったことを
  この小説を読んで
  知りました。
  幕末の動乱期で
  志なかばで倒れていったものもいれば
  渋沢栄一のように
  たくましく生きた人物もいる。
  人生とは不思議なものです。
  明日は下巻を紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  お札になる顔とは                   

 経済小説というジャンルのパイオニアである城山三郎が1971年(昭和46年)に一年間に渡って毎日新聞に連載した新聞小説がこの作品の初出である。
 主人公は「わが国屈指の実業家渋沢栄一」で、連載時は「寒灯」と題されていた。
 連載の翌年には早くも単行本として刊行されるが、その際にこの「雄気堂々」という題名に改題されている。
 新聞連載前に城山は「渋沢栄一という人間の内側にはいいて、実人生をつぶさに学んでいく小説」を目指したと書いている。

 渋沢栄一は1840年に埼玉県深谷市血洗島に生まれ、1931年11月に91歳で亡くなっている。
 城山のこの作品は伝記文学でもあるが、最初の妻である千代が亡くなる1882年までの人生を描いたものである。
 渋沢は城山がいうように「わが国屈指の実業家」であったが、生涯「武州血洗島の一農夫」を貫いたといわれる。
 今や渋沢は新しい一万円札の肖像画にも採用されるほど有名になったが、そんな渋沢のことをこの上巻の中で城山はこう描いている。
 「まる顔に太い鼻っ柱。下り目の眉。柔和な目は、右がやや小さい。そして右の口もとに、ガンを手術したくぼみがある」。

 そんな渋沢がどんな時代を生きた人であるかは生まれた年をみればいい。
 1840年は天保11年にあたる。つまり、時代はまさに激動の幕末から維新に移る頃である。
 この上巻では攘夷派の志士を目指すも運命の糸に操られるように幕臣の一人となり、徳川慶喜の弟の随員としてパリに留学、帰国後新政府の役人に迎えられるまでの半生を描いている。
 「一農夫」がいくら才覚があったとしても新政府の役人までにもなるのであるから、明治維新というのはそれだけでも面白い時代といえる。
  
(2019/05/08 投稿)

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