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 村上春樹さんは1949年生まれですから
 もう70歳になるのですね。
 あの川端康成ノーベル文学賞を受賞したのが68歳の時で
 あの頃は随分おじいちゃんに見えたものですが
 その年を村上春樹さんは越えているのですから
 若い人たちの目が見れば
 おじいちゃんに見えるのでしょうか。

 どうしてそんな話から書き始めたかというと
 昨日出たばかりの
 総合誌「文藝春秋」6月号(文藝春秋・1000円)に
 村上春樹さんの特別寄稿
 「猫を棄てる - 父親について語るときに僕の語ること」が
 掲載されたからです。
 そこには、これは編集部が付けたのでしょうが
 「自らのルーツを初めて綴った」とあります。
 さっそく読んでみました。

  

 ページ数にして30枚足らず。
 もっともこれは「文藝春秋」の記事としては
 結構長いものではないでしょうか。
 冒頭で
 小学生だった村上さんが父親と一緒に
 タイトルのように「猫を棄てる」ところから
 始まります。
 結局この猫は何故か家に舞い戻ってきたのですが。

 その次の父親の記憶。
 毎朝仏壇めいたものにお経をあげる「おつとめ」の姿。
 村上さんの父親は
 京都のお寺の次男でした。
 1917年生まれで、20歳の時には軍隊に召集されます。
 所属した部隊にいる時中国で捕虜を処刑した経験が
 先ほどの「おつとめ」につながっているのかもしれません。
 そして、そのことを
 父親は小学生だった村上さんに語ったことがあったそうです。
 戦争が終わって
 父親は学校の国語の先生になります。
 不自由だった自分の青春期があったせいか
 息子の村上さんへの期待も大きかったようです。
 生徒から愛されるいい先生だった父親ですが
 村上さんとはうまく関係を結べなかったようで
 作家になってからも
 「二十年以上まったく顔を合せなかった」そうです。
 そして、
 父親が亡くなる少し前に
 「和解めいたもの」をしたと
 綴っています。

 父親を回顧したような、
 もちろん村上さんにはそんなつもりはないでしょうが
 このエッセイのことは
 昨日の朝日新聞にも
 大きく取り上げられていて
 記事にはこうありました。

   村上さんが自身の父を語ることは、これまでほとんどなかった。
   その戦争体験は小説にも投影されている。

 村上さんはエッセイの最後に
 「ひとりの平凡な人間の、ひとりの平凡な息子の話」と書いているが
 作家村上春樹の文学をひも解くという意味はあったとしても
 どんな父と子の間にも
 濃淡こそあれ
 一度は語りたい
 父がいるのかもしれない。

 70歳になった村上春樹さんだが
 やっぱり「僕」が似合います。

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