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プレゼント 書評こぼれ話

  ここ何週か
  BS-TBSの「落語研究会」で
  六代目三遊亭圓生の落語が
  放映されていて
  その巧さに圧倒されています。
  なんだい、今頃圓生かいといわれても
  出会ったのが吉日でしょうから
  良しとしましょう。
  で、こんな名人はどんな人生だったのか、
  探してみれば
  日本経済新聞の人気コラム「私の履歴書」に
  執筆しているではありませんか。
  それで、
  三遊亭圓生の「私の履歴書」が読める本を
  見つけて読みました。
  こういう本もなかなか手に入りませんが
  図書館にはありますから
  探してみて下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人生が芸になる、その見本のような                   

 最近偶々テレビで三遊亭圓生師匠の落語を観、聴く機会がありました。
 ここでいう圓生師匠は昭和の名人と言われた六代目圓生。
 1900年(明治33年)大阪で生まれ、1979年(昭和54年)79歳で亡くなっている。奇しくも誕生日であった9月3日に亡くなった。
 昭和の名人ではあるが、さすがにテレビもすでに普及していて、おかげで今でも圓生師匠の芸を堪能できるし、口演CDにいたっては膨大な数になる。
 生前の圓生師匠の落語には触れる機会がなかったが、今観ると、その巧さにびっくりする。
 なんといっても、その表情がいい。
 驚いた時の顔、悲しんいる時の顔、笑っている時、恥ずかしんでいる時、まさに七変化。
 こういう多彩な表情を演じることができる落語家は、最近ではほとんどみない。

 その圓生師匠が日本経済新聞の朝刊の人気コラム「私の履歴書」に登場したのは、1973年(昭和48年)12月。亡くなる6年前。
 ちょうど昭和天皇の前で噺家で初めて「御前口演」をして、のりにのっていた頃である。
 その時の「御前口演」の話は、「履歴書」の最後にも書かれていて「陛下からいただいたお言葉通り、(中略)芸道に精進しなくては」としている。
 戦争でつらい思いをした圓生師匠だからゆえに、一層昭和天皇のねぎらいが胸にしみたのかもしれない。

 圓生落語が今でも多くの人を魅了するのは、なんといってもその演目の多さだろう。
 そして、それは六代目圓生になるさまざまな過程が芸の肥やしになったのであろう。
 そんな圓生師匠の芸を今でも観、聴けることはなんという喜びだろう。
  
(2019/07/24 投稿)

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