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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は終戦記念日

    いつまでもいつも八月十五日      綾部 仁喜

  先日半藤一利さんの
  平凡社の「のこす言葉」シリーズを読んで
  半藤一利さんの
  『日本のいちばん長い日』というノンフィクションを
  読んでこなかったことに
  今頃になって残念なことをしたと
  思った次第です。
  今ここしかきっと
  読むチャンスはないだろうと
  今日の終戦記念日に間に合わせようと
  読みました。
  これを読むと
  今日という日の重さも
  少しはちがってくるかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  真実を明らかにする難しさ                   

 「…堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ビ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス…」、昭和20年(1945年)8月15日正午、世にいう「玉音放送」の一節である。
 これをもって日本は終戦を迎える。
 しかし、実際にはこれに先立つ7月には「ポツダム宣言」が発せられ、日本はすでに死に体であったのだが、徹底抗戦をとなえる陸軍の力の前にそれを受け入れることができないまま、8月6日の広島、続く9日の長崎と原子爆弾による攻撃を受けても国として決断ができなかった。
 もし、7月の時点で敗けを認めていれば、何十万という尊い命が犠牲にならなかったはずだから、決められなかった者たちの責任は重い。
 それでも8月15日をもって終戦にいたるそのことだけでも、もしかしたらこの国が滅んでいたか戦後のありようが変わっていたかもしれない、敗戦を認めない者たちの動きがあったことも事実だ。
 もし彼らのクーデターが成功していたら、この国はどうなっていただろう。

 「日本のいちばん長い日」となった昭和20年8月14日正午から翌15日正午までの24時間を、おそらくこの作品が最初に書かれた昭和40年頃にはまだ当時の関係者が生存していたのであろう、多くの証言で描かれていく。
 最初の刊行時には「いろいろな事情」から「大宅壮一編」となっていたが、実際の著者半藤一利氏が文藝春秋を退社した際に自身の名義に戻したのが、この作品となっている。
 その際には最初の刊行時に書けなかった事実も描かれたようだが、歴史の真実とは10年20年では明らかにならないのかもしれない。

 この作品は終戦にいたるノンフィクションであるとともに歴史の真実を描くことの困難さも明らかにしている。
  
(2019/08/15 投稿)

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