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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  開高健の『開高健のパリ』を紹介します。
  開高健は1989年12月9日
  58歳で亡くなっています。
  没後30年ということもあって
  この本は今年9月に出たばかりです。
  もちろん、開高健の過去のエッセイ類です。
  表紙の

    若きの日に旅をせずば、
    老いての日に何をか語る

  は、開高健が好んで使った
  ゲーテの言葉だそうです。
  旅の果てに
  開高健はどんな夢を
  見たのでしょうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  歓喜にあふれたパリのこと                   

 今年(2019年)没後30年、来年(2020年)生誕90年。
 ということで、出版社の集英社の「開高健 The Year」と銘打った広告を見た。
 その広告で出版案内されていたのが、この本だ。
 表紙の絵はモーリス・ユトリロ。
 開高は1961年刊行された『現代美術15 ユトリロ』でユトリロの絵にキャプションを書いていて、この本ではその時の収録されていた開高の文章とユトリロの絵、それと開高がパリについてふれたエッセイ類が収められている。
 それと角田光代さんが「解説」を書いている。もしかしたら現在の読者にとっては、開高健というよりも角田さんがどんな「解説」を書いているのかという方が興味があるかもしれないが。

 開高には『青い月曜日』や『耳の物語』などで何度も描かれる戦争時と敗戦後の飢えと孤独の時間があった。
 そんな時彼は日本から脱出することを夢のように願っていたという。
 だから、「はじめてパリへいったときは信じられなかった」という。
 「歓喜が噴水のようにこみあげてきて、ホテルでおとなしく寝ていられなかった」と、1977年に書いたエッセイに記している。
 開高が初めてパリを訪れたのは1960年のことだ。

 角田さんは開高健を若い時にはすでに「完成」した作家であるとともに、「外」に向かった求めた作家だと書く。
 初めてパリを訪れたあと、開高はさまざまな外国の地を踏むことになる。
 しかし、もしかしたら「歓喜が噴水のようにこみあげ」てきたのは、最初のパリだけだったかもしれない。
 開高はその溢れんばかりの歓喜を求めて、旅を続けることになったのではないだろうか。
  
(2019/10/31 投稿)

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