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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日
  西尾典祐さんの
  『城山三郎伝 昭和を生きた気骨の作家』という評伝を
  紹介しましたが
  同じように「城山三郎伝」とうたった本を
  以前、といってももう10年も前ですが
  紹介しています。
  今日はその本、
  加藤仁さんの『筆に限りなし 城山三郎伝』を
  再録書評で紹介します。
  城山三郎さんが亡くなったのが
  2007年.
  それから2年ほどして加藤仁さんの本が書かれて
  西尾典祐さんの本は2011年ですから
  もう少し新しいということになります。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  気骨のある人                   

 かつて城山三郎は自身の仕事について「歴史というより人間への興味」と語ったことがある。また、「その人の人生を旅する」という言い方もしている。
 城山が描いた多くの「伝記文学」の対象となった人物たちは、描くことで城山自身が追体験できた別の人生である。
 では、城山はどのような人生を自身のそれとは違うものと考えていたのであろうか。
 1996年の対談「人間の魅力とは何か」(「失われた志」所載)でこう語っている。「たくましさというものが、自分に欠けてるというか、ない。だから、たくましい人、強い人、反骨を貫ける人というような人に、一番魅力を感ずるんだろうねえ」

 実際に城山三郎は「たくましさ」を欠いた作家であったのだろうか。
 本書はノンフィクション作家加藤仁による、人間杉浦英一(城山の本名)、作家城山三郎の、伝記ノンフィクションである。著者は「あとがき」の中でこう記している。「生前に会う機会もなかった私のような第三者が、実在した人物の精神世界をノンフィクションという手法で描くのは、至難の業であった」と。
 しかし、幸いにも城山は実に膨大な「メモ」をその生涯において残していた。著者はその「城山メモ」を丹念に拾い集めることで、その骨格を得、それを関係者のインタビューで肉付けしていく。その結果として、「外面的に大胆な行動が見うけられなくとも、その精神世界の振幅ある動きをとらえられた」としている。

 そのようにして出来上がった「城山三郎伝」から浮かびあがってくる城山は、生涯戦時中に負った心の傷を払拭できなかったように思える。
 このことは本書の第二章「「商い」の父、「皇国」の息子」に詳しいが、海軍特別幹部練習生として入隊したものの城山にとっては「大義の集団であるはずの軍隊による「手ひどい裏切り」」(46頁)は、その後の人生観、人間観に大きく影響した。
 だからこそ、城山は「高潔」であることを自身の評価基準とし、自身もまたそのように生きようとしたようにみえる。
 著者はこう書いている。「城山には”気骨””志””高潔”といったイメージがつきまとうようになり、「城山三郎」そのものが作品として確立された感さえある」(243頁)

 作家城山三郎に「たくましさ」が欠けていたかどうかはわからない。
 しかし、少なくとも、城山は「たくましさ」を欠いた人間にはなるまいと、自身を作り上げていったように思う。
 そういう意味では、城山三郎は「気骨」のある作家だったといえるだろう。
  
(2009/04/30 投稿)

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