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プレゼント 書評こぼれ話

  大林宣彦監督が
  2017年に発表した『花筐/HANAGATAMI』は
  作家檀一雄の処女作でした。
  檀一雄といえば
  早すぎる晩年
  『火宅の人』で一躍ベストセラー作家になります。
  その死後から20年、
  沢木耕太郎さんは妻ヨソ子さんに
  檀一雄の姿を語らせています。
  今日紹介する
  『』は1995年に刊行されています。
  この頃は
  沢木耕太郎さんの新刊が出るたびに
  本屋さんに駆け込んだものです。
  それから四半世紀、
  今回久しぶりに読み返しました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  男と女の間には                   

 ノンフィクション作家沢木耕太郎さんが1995年文芸誌「新潮」7月号に発表した異色のノンフィクション評伝。
 描かれているのは最初の妻を描いた『リツ子 その愛』や妻子がありながら愛人との生活を赤裸々に描いた『火宅の人』などで有名な作家檀一雄。
 最近の若い読者にはこれらの代表作よりも男メシの先駆けともいえる『檀流クッキング』の著者という方がわかりやすいかもしれない。
 女優檀ふみの父親でもある。

 異色のノンフィクション評伝と書いたが、何故異色かというと、この作品が「私」という一人称で語られている点だ。
 もちろん書いたのは沢木だから、実際には「私」=沢木になるはずだが、ここで書かれる「私」は檀一雄の二番めの妻ヨソ子である。
 おそらく沢木はヨソ子へのインタビューを通して檀一雄の姿を手中に収めたはずだ。
 それを「三人称」で描くのではなく、あたかもヨソ子さんが語っているかのように描くことで、文学的な深みを手にいれたのではないだろうか。

 檀一雄が亡くなったのはこの作品が描かれる20年ほど前の1976年。
 檀はまだ63歳の若さであった。
 「最後の無頼派」と呼ばれることもあったし、『火宅の人』の影響もあって、そこに純粋な生き様や恋愛観が培養されていた感がある。
 では、その一方の当事者であった妻は檀をどう見ていたのか。
 愛人に走る夫とそれでも夫の最後まで看取る妻。
 妻である「私」に語らせる沢木の筆はある意味残酷であるやもしれない。
  
(2020/04/15 投稿)

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