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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介した
  朝井まかてさんの『』に
  長い間その所在がわからなかった
  森鴎外の小倉時代の日記を発見する場面が描かれている。
  そして、その「小倉日記」を題材にして書かれたのが
  松本清張の『或る「小倉日記」伝』。
  朝井まかてさんの作品からの引用。

   類が発見し、(中略)それが昭和25年のことで、
   3年後の昭和28年1月、松本清張は『』という短篇小説で
   第28回芥川賞を受賞した。

  この日記を発見するくだりも
  『』の読みどころといえる。
  そこで
  今日は松本清張の『或る「小倉日記」伝』を
  再録書評で紹介します。

  じゃあ、読もう。 

  

sai.wingpen  巨人はここから始まる                   

 第28回芥川賞受賞作(1952年)。
 この作品をきっかけにして、文学界の巨人となる松本清張であるが、芥川賞を受賞したのはすでに43歳でけっして若くはなかった。前半生の塗炭の日々はすでに知られている。また、その後の活躍も衆目の一致するところだ。
 では、この受賞は当時の選考委員にどのように評価されたのだろうか。芥川賞の名物ともいえる選評をみていきたい。

 まず、絶賛したのは坂口安吾である。
 「文章甚だ老練、また正確で、静かである」と記した。その印象は今も本作を読んだ多くの読者の感想だと思う。
 さらに安吾は「この文章は実は殺人犯人をも追跡しうる自在な力があ」ると、まさにその後の松本清張の姿を予見するかのような選評を書いている。清張もすごいが、安吾も恐るべし、だ。
 瀧井孝作もよく似た感想を持ったようで、選評で「この人は、探究追求というような一つの小説の方法を身につけている」と書いている。
 確かにこの作品で森鴎外の失われた小倉時代の生活を訪ね歩く主人公の青年の姿はその後の松本清張の緻密な取材活動と重なってみえる。その「探究追求」を「一つの小説の方法」とした瀧井もまた、その後の清張を見事に言いあてたといえる。

 一方で、石川達三は「光ったものを感じ得ない」と否定的に評価している。ただ、その評に「これは私小説の系列に属するもの」というのは明らかに石川の読み違えであろう。この作品の一体どこが「私小説の系列」なのか不思議でならない。
 この作品の面白さは事実が物語を生み、物語が事実を消している点にある。この物語の主人公は実際に存在するという。では、どこまでが事実でどこからが松本清張の造形であるのかといったそのこと自体が、小説の面白さを生み出しているし、その後の清張文学の核にもなっている。
 石川は選評の最後に「芸術作品は(中略)各人の個性にしたがって鑑賞すべき」とした。それはそれで正しいのだが、それを書いてしまえば選考にもなりえないようにも思う。
 この石川の選評に、松本清張がどう感じただろう。
  
(2011/04/20 投稿)

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