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プレゼント 書評こぼれ話

   三島が自決し、五十年の歳月が流れた。
   五十年前、私は仙台で暮らす高校三年生だった。
   十一月の、よく晴れた小春日和の日。
   寝坊して学校をサボり(中略)茶の間の炬燵に入って、テレビを観ていた。
   一報を知った時の衝撃は今も忘れない。

  これは、朝日新聞土曜の別刷版に連載されている
  小池真理子さんの「月夜の森の梟」というエッセイの
  11月14日連載されて中の一節。
  あの日私は高校一年生だった。
  学校で知ったような記憶があるが
  曖昧だ。
  もちろん、その当時には三島由紀夫の作品は
  何作か読んでいた。
  何よりも自決というのが衝撃だった。
  おそらく、私たちと同じような世代にとって
  あの日のことは記憶の片隅に
  くっきりと残っているように思う。
  今日は
  2016年に書いた
  三島由紀夫の『美しい星』を再録書評
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  三島由紀夫ってやっぱりすごいと思ってしまう                   

 三島由紀夫が昭和37年に書いたSF仕立ての長編小説である。
 この時、三島は37歳。
 SF仕立てと書いたのは、この作品の登場人物である埼玉県飯能市に住む大杉重一郎とその妻、そして二人の子供(上が男性で下が女性)の四人家族は宇宙人だと、少なくとも全員が認識していることになっている。
 実際彼らが本当の宇宙人であるのか一種の狂気であるのか明確には記されていない。
 少なくとも大杉一家は核の時代に生きる人類を救済しようとする善の宇宙人であり、一方人類など救うべきではないという仙台に住む、こちらの真の宇宙人なのか不明の三人組の男が登場する。

 この作品が書かれた昭和37年というのはどういう時代であったか。
 キューバ危機といわれたアメリカと旧ソ連が一触即発の事態に陥ったのが、この年の秋である。
 そういう時代の空気を三島は実に敏感に嗅ぎとっている。
 もし大杉一家を狂気と呼ぶなら、現実に核の釦を押しかけた人類もまた狂気というしかない。
三島の文学的価値の高さは時代を見事に切り取る行為であり、その一方で芸術至上主義な考えを示しながらも、その材料として宇宙人という極めて斬新なものを持ってきた点にある。
 三島ほど時代と寄り添った作家はいなかったのではないか。

 この作品においては大杉と仙台からの三人組が人類の運命について論争する第八章、第九章がやはり読みごたえ十分だ。
 こういう丁々発止のやりとりは、最近ではあまり読むことはない。
 三島とその時代ならではの産物なのだろうか。
  
(2016/09/04 投稿)

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